雨は嫌いだ。傘に篭って道行く人が人に見えない。ある傘はその下に一叢の薔薇を咲かせ、別の傘は二本脚の兎を宿し、或いは見知らぬ街並みを覆い、静々と雨中をゆく。それが各人の前夜見た夢の有様と知ったのは、傘の下の友人が化物に見えた日だ。見た夢を憶えていられないこの私はどのような姿だろう。
狐なので人語は解さないが心を読め、良人の姪が訪ねて以来良人に茗荷を出している。想う人を狐に取られ望まぬ結婚を控え、姪は自分に一服盛ろうとまで思いつめたらしい。良人を返そうと思ったが離れ難く、せめて自分を忘れさせたかった。だが同じく心を読める良人が噛む花の名…勿忘草を狐は知らない。
山奥の叔父は私の牡丹餅に相好を崩し、案の定重箱を狐娘に預けた。彼女はぺこりと一礼して下がり、程なく奥から三匹程が重箱をあさる音。弟妹狐だ、迂闊にも忘れていた。毒餅などやめて本当に良かった。総身に冷や汗で顔を上げると叔父と目が合った。途端、何かが私の中で切れ、どっと涙が堰を切った。
大手各社の格安方針で仕事が激減し、俺達の零細航空会社は別業界に活路を見出した。天国と契約し、あちらの列車を走らせるための線路―飛行機雲を敷くのだ。そこを走る列車はあちら行きの客車が主だが、俺の担当便は貨車だ。前を飛ぶ俺にはあまり見えないが、夜毎満載の星を撒きながら走る様は壮観だ。
少年は落し主不明の鉛筆や消しゴムを拾うのが好きだった。それらを机の上に広げて出かけ、帰ると自由帳が山やら公園の絵で一杯になっている。彼らが自分で描いた絵へ遊びに行くのだというのが彼の説だ。確かに絵はどれもタッチが異なるが、彼が自分で達者に描くのを見た人も大勢おり、真相は判らない。
留学生が羊羹を御馳走してくれるというのでダイエットを忘れて訪ねると、文字通り羊の羹(スープ)が出てきた。香辛料の効いたスープを啜りながらてっきり甘い方かと思ったと言うと、それは君が持って来るのかと思ったと笑われた。卓上の花瓶には私の土産のウスベニタチアオイが澄まし顔で咲いている。
岬天文台が今日で閉館だ。元は小さな灯台で二階が資料室、三階がプラネタリウム、四階が展望天文台だ。家庭用3Dプラネタリウムが普及し、客など僕ぐらいなのに嫌な顔もされなかった。一階売店で灯台の形の遠華鏡を買い、珈琲片手に四階から夕暮の街を覗いた。手の中に満天の星星が、岬天文台がある。