小噺帖

極小一次創作。よそで作った三題噺や都々逸の一時的集積所。
極小一次創作。よそで作った三題噺や都々逸の一時的集積所。
怒らないで/キス/胸元

怒らないで/キス/胸元

 帝国は結局、最重要標的の忍者二名……火付者と山駈衆の指名手配を解かざるを得なかった。手配書を出せば署名した者が即日討たれ、現場が怖気付いたのだ。以来両名の行方は杳として知れず、死んだとも他領へ逃げたともいう。あるいは身一つを自身の国土とし、帝国内の独立国となり暴れ回っているとも。
三題噺 ※2個追加

三題噺 ※2個追加

首筋/キス/夜は短し
三重ガラスの防寒窓一面に白い夜が渦巻く。学校のホールは暖かく、背後のパーティはたけなわだ。地元の子は皆この後帰宅だが、私たちは同棟の寮に残る。それでも元首都の子は友達も多いが私の出身地の子は他にない。巨大災害でこの国の居住適地はここだけ、雪嵐の奥にその原因の巨獣が美しく闊歩する。

首筋/葉っぱ/はじめて
私達が首の皮一枚で生きているのは南北に長いこの国の最北端、この地の極寒のおかげだ。数十種に及ぶ巨獣のうち寒さに強いのはごく一部。辺境といわれたこの街に生存者が集まり、唯一の学校もそれなりの規模だ。吹雪が切れ、地元の子が一斉にバスに乗る。バスが下る先の街灯りが窓の遥か下にちらつく。

首筋/茶髪/トランス
南方の私の故郷で温泉が出て水脈が変わり、地底の巨獣が現れた。迷惑客に飛び乗られた一頭が暴れ出し、駆除が逆に巨獣の大侵出を招いて今に至る。巨獣と人を慣らし、徐々に巨獣を制御し共存を図るための人材育成が巨獣学科の主目的で、山中の寮の露天風呂は、真下の温泉につかる巨獣の頭と同じ高さだ。

(了)
052:真昼の月 ※蔵出し

052:真昼の月 ※蔵出し

 西暦二〇●●年、人類史上初めて戦争がなくなった。正確には、人間同士で内輪もめしている場合ではなくなったのだ。
 始まりは、国際宇宙望遠鏡が捉えた百光年先の恒星だった。前日まで正常な位置で正常に光っていた星が突如、急激に三天文単位ばかり移動したかと思うと、そこで巨大な閃光とガス雲が発生した。ガス雲の色や規模から推定して、どうやらその恒星が動いた先で爆発したものと思われた。
 およそ常識外れの現象に、各国の天文学者はみな呆然とした。
「流れ星が別の何かにぶつかったみたいな現象じゃないか」
 誰かが恐る恐る口に出し、他の者もうなずいたものの、誰もが目を疑っていた。例の恒星はまだまだ若い星だったし、何より恒星はそんな動きはしない。少なくとも、人類の知る範囲では。
 なのにそれ以降、同じような現象が頻発した。その宙域で、恒星がさっと流れては爆発する。それが一ヶ月に数度は起き、そのあたりの夜空はきらめく光点の代わりにぼんやり霞むようになった。
 そして観測の結果、ようやくある程度の様相が分かってきた。
 恒星の動きの終点、つまり爆発地点は宙域の特定の二箇所に集中していた。また、始点は比較的ばらばらであったが、いずれもその二箇所の周囲の、終点ではない側だった。つまり、A点近辺から流れた星はB点で、B点近辺から流れた星はA点で爆発している。
 ――まるで、巨大な誰かと誰かが、自分の陣地から掴み取った雪で雪合戦でもしているように。
 こう例えたのはネットメディアの記事だが、その頃には科学者たちは恐ろしい推論へ達せざるを得なくなっていた。
 実際に、これは雪合戦もとい星合戦なのだ。星を弾丸として発射する者同士の。
 さらなる懸念があった。この宙域は地球から百光年離れている。つまり、実際は百年前の話だ。その後、「星合戦」はどうなった? もっと言えば、現在はどうなっている? 正直に言えば――地球は大丈夫なのか?
 なにせ百光年など、宇宙スケールで言えばお隣どころかゼロ同然の距離なのだ。
 とは言え、それより近い宙域の星々に異常が見られないからには、どうやら「星合戦」は少なくとも太陽系方面へ近づいてはいないか、(願わくば)それきり終結したのではないか?
 学者たちの推論を裏付けるように、「星合戦」現象はその開幕から一ヶ月後、その宙域を空っぽにして静かになった。
 さらに一ヶ月の観測を経て、何の異常も確認されなかったことから、学者たちは胸をなで下ろしつつ、ひとまず現象は収まったと結論を……
 その日、五十光年先の恒星が流れて爆発したのが観測された。例の宙域と太陽系のちょうど中間だった。
 パニックも度が過ぎると静かなもので、天文学者たちは宇宙望遠鏡からのデータを速やかに検証した。地球との距離の近さもあり、今度の現象はより鮮明に記録されていた。
 送られてきた映像には、くだんの恒星を紐状の何かが絡め取り、投石器のように投げているさまが映っている。
 紐状の何かの根本を辿ると、恒星より遥かに小さな――それでも木星サイズの塊が辛うじて認められた。「紐」はその塊から、長さ千キロメートルほどの長大な触手のように伸び、自分より遥かに大きな別の恒星を捕えると、同じように投げた。
 投げられた恒星は流星となって流れ、何かにぶつかって爆発する。
 そのガス雲が薄れると――そこにはもう一つの、やはり木星大の「塊」があった。それは自分の触手を伸ばし、手近な恒星を……
 もう間違いなかった。二つの「塊」が生物か人工物かはともかく、@それらは意図的に「星合戦」を行っている。そして、A先般の「星合戦」もそれらのせいとすれば、それらは一ヶ月で五十光年を移動することができる。
 さらに、BAであるなら、それらは来月以降、太陽系近辺を主戦場とする可能性がある。
「どうする」
 一人の学者が言った。
「誰が」
 別の学者が訊き返した。返事は誰からもなかった。
 五十光年先の星々は日ごと順調にガス雲へ置き換わり、かくて西暦二〇●●年、人類は史上初めて戦争をやめ、百億人が座して空を見上げた。
 ある日、太陽系を囲むオールトの雲の端と端に、それぞれ「木星大の塊」が観測された。
 恐れおののく太陽系の微生物たちを挟んで睨み合う二つの塊から触手が伸ばされるさまは、わずかの時差を置いて地球からもはっきりと観測され……
 地球史はそこで終わった。

 もっと言うと、宇宙史はそこで終わった。

 気づくと、地球人類は百億人ぞろぞろ並んで光り輝く門をくぐらされていた。
 門は人類からは認識できないほど巨大だったのだが、どうしてか全員がそれを門と理解していた。
 周りを見ると、犬猫や鳥魚や虫を始め、ありとあらゆる生物たちも大挙して門をくぐっている。
 さては星合戦で地球が吹っ飛ばされたせいで、有象無象まとめて天国送りだな。誰もがそれを悟った。
 ……にしては巨大すぎる何かが一緒に移動しているのことに、やがて人間たちは気づいた。どうやら地球ではありえないサイズの生き物らしい。察するに(察する理由は不明だが)、触手のある、おおよそ木星大の。
 気づいてみると、それらも二つどころか何百万となく、光る門をくぐってゆく。
 呆然としながら人類は、それらより遥かに――桁違いに大きい存在たちをついに認識した。
 自分たちの宇宙サイズの生き物だ。
 同時に、人類は理解した。いや、人智を超える何者かが、人類含む全生物に、理解を流し込んできた。
 地球が滅んだのは、木星大の生物同士の星合戦のせいではない。
 さらに巨大な生物同士が、宇宙同士を投げ合った、宇宙合戦のせいだ。
 地球を含む宇宙は投げつけられて吹き飛び、木星大の生物たちも、もちろん地球の生物も、一切合切命を落としたのだった。
 人類が見てみると(なぜ見えるのかは不明だが)、宇宙を投げつけ合っていたらしい超巨大生物たちが、それらにそっくりの姿をした光り輝く存在に追い立てられ、恐ろしげな黒い門へ追いやられるのがわかった。
 同時に、脳内にぞんざいな声がした。
 ――さあさあ、戦争で死んだ生き物は全員天国行きですよ。早く動いて、動いて。あとがつかえてるんだから。
 どうやらそもそも神も天国地獄も、あの宇宙より大きい生物仕様だったらしい。
 星合戦していた生物も、いや、人類の戦争で死んだ微生物も、信じる神を持っていたろうか? 輝く門をくぐりながら、一人の(元)天体学者はふと思った。
041:デリカテッセン

041:デリカテッセン

 市場の片隅に知らない物売りが店を出していた。下手くそな字で「おさら」という看板が出ており、大小の皿が無造作に積まれている。
 のはいいが、「あまい」「しょっぱい」等々の札で奇怪に分けられている。料理によって使い分けるのかと店主に尋ねると、割れた皿の欠片をくれた。
 戸惑っていると店主がそれを食い始めたので肝を潰したが、食えるのだという。恐る恐る口に入れると、確かにほぼビスケットのような感じだ。しょっぱいのは煎餅製、甘いのはビスケット製、味のないのもある。かき氷なんかは飴製のに盛ればいいそうだ。
 要は、皿洗いがめんどくさい人間のための「食える皿」なんだそうな。
 その横には鉢植えの木があり、こちらも皿だという。巨大な葉がわさわさ茂っており、合点がいった。これは窓から捨てれば自然に還る。
 自宅のシンクの皿の山が現在進行形で巨大化している身としては大変、大変心を惹かれたのだが、「高くつく」という最後の理性(?)が辛うじて私を踏みとどまらせた。
 そう言うと、店主はにやりとして売り場の裏から土鍋と金属鍋を取り出した。どちらも繊細なタッチで見事な模様が描かれ、こんな市場に来る人間の心をピンポイントで射抜くような美しさだ。
「これ、お皿にしても怒られないお鍋。一人暮らしなら、これで毎食OK」

 以来、ほぼこの鍋一個が私のシンクとガス台と食卓を日々行き来している。
 それ自体は満足なのだが、先日、友人知人で催した持ち寄りホームパーティで、ほぼ全員が葉っぱか煎餅か土鍋を皿にしていた。
 あの店主が街を征する日も近いかもしれない。
055:砂礫王国 ※蔵出し

055:砂礫王国 ※蔵出し

 実はこの世界は平面で、巨大な盾の裏側に乗っている。下を向いた表面に刃を突き合わす格好で盾を支えるのは、垂直に立った一本の矛だ。「どんな攻撃も跳ね返す盾とどんな守りも破る矛、どちらが勝つか?」世界はこの究極の矛盾の上に危ういバランスで成立しており、この問いに誰かが答えをもたらした時、終末が訪れる。
054:子馬

054:子馬

 馬房の管理不行届でうっかりスレイプニルとペガサスの交雑を許してしまい、八本足のうえ翼一対の個体が生まれてしまった。
 むろん仔に罪はないので大事に育てているが、なにぶん肢が十組である。維持にエネルギーが要るのか随分と食う。おまけに疲れやすいようで、頻繁に水を飲む姿が見られるので気をつけていたところ、馬場へ放した時に池へ向かっていく。嫌な予感がして追いかけると案の定、池の中の囲いからケルピーが顔を出して何やら囁いている。曰く、自分とつがいになれば、生まれた仔は陸海空を制覇する存在になれると。
 馬鹿(馬だけに)を言え、親のエゴで子供の人生(馬だが)を左右するんじゃない。ケルピーを一喝し、仔を連れて戻った。だいいち、ケルピーにはお生憎様だがそもそもこの仔に繁殖能力は無いのだ。
 馬房で、隣の房のユニコーンの先日抜けた角を仔に舐めさせる。毒消し効果はデマではないらしく、だいぶ元気が出た様子だ。
 ユニコーンの角は昔からお土産品には人気で、これを売れないのは痛いが、やはり大事なのはわれわれ馬たちの命の方である。
 ケルピーの言うことは分からんでもない。神話生物が絶滅危惧種になって久しいにも関わらず、こうして保護設備が整い始めたのはごく最近だ。神話生物に限らず、現代の大量絶滅の主要因たる人間の意識などその程度で、ならば滅ぼされる前に自分たちが進化し、とって代わろうというのだろう。スレイプニルとペガサスも、あるいは納得ずくかもしれない。
 だから、恐らく彼らは私……「人間側代表」たるスタッフには何も明かさないのだ。
 であっても、神話生物のため私は私の立場でしかできないことをしているつもりだ。神話生物はデリケートな存在だけにノウハウのあるスタッフの確保は喫緊の課題であり、この施設ではベターな案として同じ神話生物をその任に充てる策が取られている。足元に寄ってくる仔馬とて、私とて、数少ない同胞に変わりないではないか?
 お察しの通り私はケンタウロスだ。
菓子三題噺11(終)

菓子三題噺11(終)

黄/餌付け/八重歯
私ねえ食べ物で遊んでいいと思うんですと店主。ちゃーんと全部おいしく食べるならね。食べ物「と」遊ぶってのが正しいかな。言いながら店主は巨大クッキーを余った菓子で飾り始める。カラーチョコ、ケーキ生地、綿飴にゼリーに果物。多様なそれらは色のみで分けられ、雑多で美しいモザイクの虹となる。

黄/ピアス穴/憂鬱
そのためにはまず調和と落ち着き大事、同意ですね、それでこそこっちのハジけ甲斐もあるってモンで。店主の言葉に、違いないなと老王が出してきたのはクチナシの黄も艶やかな大粒栗きんとん。さてどうするね、ニヤリと問われた店主もニヤリ、綺麗に片付いた作業台へ老王含め全員を招く。さあお祭りだ。

黄/カッター/災い転じて
藍の縞模様の大皿へ店主、栗きんとんの粒を点々。五線譜を形どるそれへ芋餡を添えてLet’s JAM。警官もとい栽培マン、栗楽譜に和して生チョコを点々。その譜面を鉄琴もとい七色のソーダグラス琴で奏でる女子高生、ソフト飴製トロンボーンのパティシエ。合わせてスプレー男がポップコーンを盛大に弾く。

赤/落し物/はじめて
かくて出現した「動的菓子」に店主と栽培マンが缶入りナッツを振って砕くナッツマラカス、老王が茶筅の音も細やかに加わり、ここに成立した大々的なセッションを経て今夜完成した全ての菓子を茶とともに全員が楽しんだ。最終結果として契約が結び直され、老王はパティシエの新店舗のパトロンとなった。

赤/会いたい/サヨナラダケガ
改修した公園内の移築古民家は腕利きパティシエの菓子でくつろげると評判で、隣室の畳に寝転んで映画を見ながら食べてもいい。園内植物園の鬱蒼とした熱帯林の中の青いタコ滑り台では、森で採れた実を菓子に加工できる。時々、そこから出向いた屋台が近所の巨大複合施設で菓子セッションを催している。

(了)
菓子三題噺10

菓子三題噺10

白/爪/憂鬱
なら儂を唸らせてみるがいい。ラスボスばりに登場の白髭の老翁に店主以外全員唖然、聞けば不動産王かつ古民家の主人で甘味と祭騒ぎに目がない奇人。公園と植物園を再開発した跡地の複合施設にパティシエの店のリノベ古民家が入る旨、嫌なら今勝ち取れと老王。面白いから最終戦にお招きしたよーと店主。

白/落し物/腰痛
じいちゃん病院はとスプレー男。若い連中にウジウジされちゃ入院もできんわと老王、言うまでもなくスプレー男の祖父。じゃパパ根性決めてママと組みなよと女子高生。言うまでもなく裏カフェ主人はパティシエの妻。スプレー男は僕に、お前チョコで援護射撃な。言うまでもなく僕=警官=チョコ栽培男だ。

白/一重/胸元
かくて役者が揃い、まずは小手調べ。老王が立てた茶はえも言われぬ芳しさと共に一同の腹中に落ち、続く練り切りは互いを更に高めつつあくまで穏やかだ。ワシの複合施設はこうあるべきだ、全施設が噛み合い、人々の必要と楽しさを満たしながら安らぎを旨とする。練り切りの形どる施設ロゴは単純な美だ。
らくがき山脈

らくがき山脈

 らくがき山脈に首尾よく入り込めたのはすぐに分かった。
 頭上は殴り書きの言葉に鬱蒼と覆われ、腰から下に延々繁る藪と見れば奇怪にのたくる線だ。辛うじて分け行った獣道を、走り描きの動物が時折よぎる。
 すごい。宝の山だ。初日だけで何万再生稼げるだろう?
 当然というか、スマホは圏外だ。なにせ山中だ。想定内なので気にせず、僕はカメラを夢中で回した。

 この世の落書きという落書きがひしめいているという山脈の存在は都市伝説で知っていた。
 なにげなく書き付けた言葉。文具売り場の試し書き。退屈な会議中の落描き。書きながら寝落ちした時の正体不明な線。人の手で書かれながら意味を持たないものがみな集まり、森となり山となって延々続いているというのだ。だが実際の現地レポートは未だひとつもなく、噂は噂の域を出ない。
 誰もが身に覚えのある、しかしまだ誰もたどり着いていない場所。
 実況中継がだめでも、せめて動画として公開できたら。
 世界的動画サイトの泡沫配信者である僕としては、ノドから手が出るような案件だった。
 
 滝よろしく流れ落ちる文字たちはラブレターだったらしい。こちらが頭を抱えるレベルで恥ずかしい言葉が眼前を次々よぎり、撮影しながら僕は一生分笑い転げた。ときどき入る女の人の名前がきっと恋の相手で、この地で見つかったからにはこの手紙は出されなかったのだ。
 固有名詞の部分にはモザイクを当てればいい。誰かの黒歴史かもしれないが、せっかくの手紙だ。日の目を見せてこそ成仏できるってもんだろう。僕は動画に名前を付けて保存し、心の中でそっと両手を合わせた。
 周囲に動物が何匹か集まってきた。どれもこれもつたない線だ。記憶だけで描いたらしい猫(?)。有名ゲームからパクられた不細工なモンスター。一匹ずつ長めにカメラを向けてやった。

 そんなこんなでたっぷり数時間カメラを回し……違和感に気づいた。一度もメモリーカードを替えていない。
 いくら何でもメモリー数はそこまで多くない。慌ててフォルダを見返すと、保存したはずのデータは空っぽだった。
 呆然とし……思い当たった。
 もしや。
 ここは、らくがき山脈。無意味な書き付けばかりが集まる場所。
 ということは。
 目的をもって作られた情報は、この地に存在できないのだ。例えば、公開するために撮られたデータなどは。
 がっくり来て、僕は思わず座り込んでしまった。
 ――と、恐ろしい可能性に気づいた。
 ぞわっとした。慌てて周囲を見る。
 ここまで来る道々、ずっと木に刻んでおいたのだ。帰るための目印を。
 無い。やはり無い。
 いや、それだけではない。
 目的をもった情報は、ここでは存在できない。つまり、僕が外へ助けを呼ぶ手段を作ることも不可能なのだ。スマホの電波が圏外なのも当然だった。
(いや、待て)
 不意にひとつの可能性を思い出した。
 ここに来る直前に上げた動画に、予告編を付けておいたのだ。「次回、らくがき山脈配信チャレンジ!」と。
 万一、万万が一、それを観た誰かが気づいてくれたら……
〈次回、らくがき山脈配信チャレンジ!〉
 至近距離の大音量に心臓が止まりかけた。見ると、すぐ横の池に僕が映っている。――正確には、僕の動画が。
 僕は呆然とそれを観た。これがここにあるということは……
 この動画、僕の唯一の命綱は、元の世界で削除されてしまったのだ!

 * * *

  らくがき山脈にうまく入り込めたのはすぐに分かった。
 すげえ。宝の山だ。初日だけで何万再生行くかな?
 他の配信者がらくがき山脈突撃の話を先に出したのには焦った。どうしたって俺が一番乗りしたかった。
 だから、そいつの動画にイチャモンを付けて、運営に消させてやった。そしてもちろん、独りでここへ来た。
 ……まあやっぱり、スマホは圏外だ。山なわけだし。予想はできたから気にせず、俺はカメラを夢中で回した。

(了)
俳句まとめ

俳句まとめ

鉄柵に鳩の足音冬の朝
しみしみとカレー喰む短日の席
好きなのは白無地ノート冬曇
春近くとも満タンの灯油缶
たんぽぽを思わず避けて草刈機