小噺帖

極小一次創作。よそで作った三題噺や都々逸の一時的集積所。
極小一次創作。よそで作った三題噺や都々逸の一時的集積所。
国境奉行所

国境奉行所

 盲目の謡唄いの先生は道を間違えたらしく、さっきから周囲の空気やら植物やらの感じがいつもと違うなと思いながら歩を進めると、何やら諍いの場に行き合った。
 が、よくよく耳を傾けると、がらの悪い人々がしきりと誰かを遊びに誘っているようで、酒を呑もうだの女のところへ行こうだの景気がいい。肝心の誘われている人は黙りこくっており、話が進展しないところを見ると(否、聞くと)誘いに乗る気はなさそうだ。あるいは、事情があって行けないのかもしれない。ならせめてこの場で楽しんでもらおうと、先生は得意の琵琶でもって明るいやつを唄い始めた。
 実のところ先生が迷い込んだのは異世界で、悪魔たちが聖人を堕落させようと誘惑している最中だった。が、根が遊び好きの悪魔たちのこと、先生の謠を聴いて即興で歌って踊りだし、たちまち陽気なセッションが始まった。
 ほっぽり出された聖人は目の前の騒ぎに我慢ならず、全員怒鳴って追い出そうとしたが、それも負けた気がして悔しく、ついに自ら踊りの輪に飛び込んだ。
 かくて全員の思惑がずれたものの、聖人は後に風狂と頓知を旨とする新たな宗派の祖として名を残した。
三題噺

三題噺

身長/雨傘/幸せ
日傘はお洒落のひとつなのよと言っていた祖母の死因は記録的酷暑による熱中症だった。研究のすえ特殊な雲を開発した私の研究所は豪雨に苦しむ地域の協力を得てその地域を低い雲で覆った。降りしきる雨を全て受け止めた雲を両地域の人足が私の街へ曳いてゆく。二つの言葉の掛声は不思議にぴたりと合う。

ナイフ/日傘/ペダンチック
雨の降る直前の匂いが好きだと言っていた姉は洪水に流されて行方が知れない。渇水の地域のすごい機械が作った雲は豪雨を受け止め、僕らはそれをあちらへ曳いていって乾いた湖へ放り込んだ。あっという間に湖は満たされ、溢れた水は地を割って田畑へ流れ込む。姉ちゃんもどこかで笑ってればいいけれど。
俳句

俳句

春浅し術後の犬にねんねねんね
北斗七星の持ち手へ沢の音
天に昇る龍もふらふら春一番
三題噺

三題噺

嘘つき/十分間/災い転じて
十分だけ願いを叶えるという悪魔に、彼は三十年前の十分を指定した。家族旅行に出かける時間を十分遅らせたのだ。結果飛行機に乗り遅れた一家は墜落事故を免れ、彼の家族も死なずに済んだ。が、キャンセルした航空券を取って全員亡くなった別の家族の一人はそののち彼の恋人となったはずの少女だった。

制服/金髪/三秒間
笑いの止まらない悪魔は、駄目推しに三秒間だけ願いを叶える約束を彼に持ちかけた。考えに考えた末、彼は十分前の三秒を指定した。悪魔は髪を逆立てて怒ったが約束には従うしかなく、結果この話の作者はこの話を書く途中の三秒間悪魔の設定を忘れ、悪魔は書かれないまま物語は進み、誰も死ななかった。
三題噺

三題噺

蝶/ピアス/駄目なひと
現職は広大なゴミ屋敷の清掃だ。何せ宇宙戦争で住民が全滅した星を丸々片付けるのだ。狭い星じゅう瓦礫だが短期間で壊滅したためさほど汚染はなく、環境汚染で母星を壊した我々地球人が紹介された中で唯一マシな移住先なので是非もない。こんな地にも生態系はあるらしく、蝶一匹がまるで灰燼の宝石だ。

不幸/ピアス穴/バタフライエフェクト
瓦礫撤去が半ば済んだ星を宇宙政府は他に移れという。例の蝶は地球由来の希少種で、地球では汚染で既に絶滅、宇宙でも希少性から奪い合いが戦争になった由。この星は蝶に与えられ、地球人始め全宇宙人立入禁止となる。人類への、これは蝶の復讐か、旧星人の呪いか。何も知らぬ蝶の飛び立つ姿は美しい。
三題噺

三題噺

深海/チェス/ぽつり
銀河の彼方より飛来した宇宙船団が外交相手に選んだのは鯨だった。万物の霊長を自認する人類をハブって協定成立、ゲームや合唱、どうやってか貿易や交換留学などなど交流は盛り上がっている様子だが、やり取りは全て人間の可聴域を超える音波に乗った未知の言語に基づき、人類に介入の余地は未だ無い。

背伸び/爪先/恥ずかしい
銀河の彼方、地球とか言う辺境の星から生物引取依頼が届いた。国交のない星からの話は通常受けないが、見れば地球は星自体随分小さく、件の生物は地球民には巨大怪獣、しかも一匹限りの突然変異だ。引き取った方が幸せだろうということで「怪獣」は宇宙動物園の小動物ふれあいコーナーで愛されている。
三題噺

三題噺

煙草/乾き/シュレディンガーの猫
家の老猫が隣の犬を呪うとか。追いかけ回され車に撥ねられかけたからだそうだ。どこで覚えたのか尾を二股に割りドロドロ言う煙幕付きで突撃していったが、大喜びで尻尾を振るテキに迎えられ、尾の数が自分より圧倒的に多く見えるとの理由であえなく敗走。屈辱で霊力が増しており別の意味でなんか怖い。

嘘/白衣/猫も杓子も
何に倣ったか尾を九本に増やした老猫が隣の犬にリベンジを計る。が、やはり大喜びで出迎えたテキは誰に習ったか頭が三つに増えており、三つの頭に尾を三本ずつ追われて現場は大混乱である。ほうほうの体で逃げ帰ってきた老猫は作戦を変えるとかで僕の部屋にこもり、何やらブツブツ本を読んでいて怖い。

かくれんぼ/煙/猫も杓子も
何で読んだか老猫が隣の犬小屋の鋭角の屋根に狙いを定め、そこから青黒い煙が立ち昇るや犬を置いて脱出。しかしテキは鼻の効く生物のこと、刺激的な悪臭が漂いだすや三つの頭でハクションを連発、風圧と鼻水で煙はあえなく霧散した。物陰から一部始終を目撃した老猫はついに全面対決を決意。もう怖い。

月/マフラー/シュレディンガーの猫
いつの世のつもりか、月夜に老猫は正体不明のヒーローよろしくマフラー姿、隣近所の猫共お誘い合せで出陣。迎える犬が月光に吠え、方々の犬共も呼応し正に一触即発。しかし犬を嫌う猫の気持ちと猫と遊びたい犬の気持ちが重なって両立、めんどくさくなった猫が解散して無効試合。老猫が不貞腐れて怖い。

カーテン/茶髪/猫かぶり
やけになったか老猫が正攻法とて隣家にカラ身で突撃。犬猫交えてギャオンギャオンが始まった。と、出てきたのは隣家の美人お姉さん、「あらあらどうしたのー」の声に犬猫同時にお腹を出して全面降伏。臆面もなく可愛がられる姿を窓から呆然と見る僕に気づいた老猫が睨んできた。次の標的は僕か。怖い。
三題噺(完結)

三題噺(完結)

首筋/小鳥/不意打ち
誰も知らなかったが政変は終わっていなかった。かつての将軍派の流れをくむ者たちが北部で突如叛旗を翻し、首都目指して進軍中という。こちら東部の最果てに報せが入ったのは三日後で、ここまで飛び火はせんだろうと他の兵士は呑気だが、それ以来蒼服の少女を見た者がおらず少年兵はじりじりしている。

制服/小鳥/不意打ち
しかし東部の砦への襲撃は迅速だった。クーデターを察知した現指導部が密かにこの東部を抜けて隣国へ飛んだのだ。兵舎を占拠した旧将軍派は兵士たちに現指導部の行方を吐かせようとしたが、知る者はなく、業を煮やした旧将軍派は見せしめとして戦場の沈黙でもって染めた特注の拷問帽を少年兵へ被せた。

刃物/前髪/不意打ち
首から上を拷問帽にすっぽり覆われ、物みな死に絶えた沈黙を聴かされた少年兵が失神する寸前、縛られているはずの掌に冷たい何かが触れた。何かは手の上をそっと滑る。それが「ゆき」という字なのを少年兵は感じた。蒼服の少女に教えた数少ない字のひとつだ。ゆき。ゆき。死の沈黙は雪の静寂へ変わる。

バイク/前髪/不意打ち
少年兵が拷問帽を外された時、周囲の旧将軍派はみな凍死寸前で捕縛されていた。時同じくして、首都の旧将軍派も同様に凍死寸前で壊滅との急報が届いた。なんでも、旧将軍派はかつて一人の少女を囮に逃げ、彼女を殺したのが現指導部だと、議事堂の壁に氷で拙い文字が残っており、どうしても消えない由。

怒らないで/指輪/不意打ち
少年兵は少女に残りの文字を教えている。何せ教える側も教わる側も素人とて時間が要りそうだ。旧将軍派も元指導部も体制を立て直せず、首都では連合野党が議会制整備中とか。東の砦も解散の噂があるが先行き不透明で、兵でなくなるかもしれない少年兵は少女に掛けた自分の上着を春の陽光で染めている。
菓子三題噺 幕間

菓子三題噺 幕間

餅/噛み癖/癖
囲炉裏で炙った餅へ丹念に砂糖醤油を塗しながら、老主人は自分の死後この家を引き取れと縁起でもない。毎度なので聞き流しつつ餅に食らいついていると、君は菓子職人だからきっと活かしてくれると言う。彼の余命はさておき、確かにこぢんまりしながら風格のある家だ。お客様が寛いで菓子を楽しめよう。
菓子三題噺6

菓子三題噺6

ココア/白衣/サヨナラダケガ
ガラスケースの二段ケーキの表面をマーブルチョコが埋め尽している。カラースプレー付きドーナツを連想したがスケール段違いだ。最近こんな注文が多くてとパティシエは苦笑だ。人気店なのだ。お嬢さんは? 本題を切り出した僕に、また家出と相手は顔を顰める。先日彼女を裏カフェごと補導したのは僕だ。

ココア/鳥/恥ずかしい
娘さんが裏カフェ店主のビニールハウス周辺で目撃されたという情報を僕はパティシエに伝えたが、行方不明中の屋台の塗装に既視感があることは言えなかった。捜査継続を約して帰る際にケーキを勧められたが、残念ながら公務員の身とて丁寧に辞した。ココアとマシュマロどっちが先かはついに聞き忘れた。
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