小噺帖

極小一次創作。よそで作った三題噺や都々逸の一時的集積所。
極小一次創作。よそで作った三題噺や都々逸の一時的集積所。
俳句てふてふ 2026上半期まとめ

俳句てふてふ 2026上半期まとめ

極小の嵐となりて蚊の羽音
人に尻揉ませて犬の昼寝かな
「犬冷やす」を季語と定める八畳間
ランチの輪に入らぬ同期山滴る
十五℃は昼寝に寒く春の山
後部衝突センサー菜の花に停車
犬の毛にマダニ三枚潜む朝
こんもりとした背の犬と春を待つ
無理という名の餃子噛む春遠し
こうなってこうなってゆく雨の果て
おっと

おっと

 家出した夫が帰ってきた。
 物も言わずにこにこしているところを見ると、本物でなく狢のたぐいなのはすぐ知れたが、山が荒れて棲家に困ったのだろうと思うと何やら申し訳なくもあり、置くことにした。
 昼はしおらしく夫の姿で過ごしており、飯時に食い物を散らかすのは閉口だが、畑の横をほじくり返して虫を捕る姿は愛嬌がある。だがそれも布団に潜り込むまでで、そっと夜具をはがすと狢に戻って寝こけている。それでも毎朝毎朝こちらが目を覚ます頃には夫の姿に化け直しているのは律儀なものだ。
 近所の人らも事情は察したようで、人と同じように挨拶をよこしてくれる。夫はにこにこするばかりだが、それが相手の気にいるらしい。だいいち呑んで暴れないし、金も持ち出さない。

 ある日、どこかで見たような男が家へ入ってきた。男は夫を見、私を見て、この浮気者がとなじったので、それでようやく元々の夫なのだと思い出した。
 だが、つらつら見比べるに、夫と元夫はこちらが首をかしげるほど似ていない。きっと毎日化けなおすうちに、少しずつずれてきてしまったのだろう。
 私の前にはにこにこする夫と、いらだたしげな知らない男がいるばかりだ。騒ぎに駆けつけた近所の人らも、にこにこする夫を指さして、この人が旦那さんだよずっとそうだったよと頷きあっている。
仕事の葬式

仕事の葬式

 仕事の葬式の依頼があったので、昼休みに職場近くの河川敷へ行った。
 依頼主は隣の部署の同期だ。コンペで最後まで競った案件だったらしい。今回は自信あったんだけどね、笑い混じりの口調から逆に無念が知れた。
 河川敷はちょうど菜の花が盛りで、その間にしゃがんだ同期は販促用のボールペンを地面に置いた。売り込み先でもらったらしく、有名家電会社のロゴが入っている。同期は手を合わせ、何ごとか祈っている。葬式に作法はない。祈り方も、場所もどこでも構わない。自分で納得が行けばいいのだ。
 やがて顔を上げた同期が差し出すポールペンを、私は御供選承りますと一礼して受け取り、持ってきた箱に入れた。
 箱は手土産のお菓子の空き箱だ。花柄が可愛いのでふさわしい気がして貰い、以来使っている。
 会社への道すがら、同期がキャラメルを噛み噛み次の営業先の話をするのを、私もキャラメルの包装をむきながら聞いていた。葬式の料金はお菓子一個。チョコ一粒でもクッキー一枚でも構わない。
 私たちが歩くたび、手の中で箱の中のものたちがかちゃ、かちゃ、小さく鳴った。

 この葬式を始めたのは新人時代、何度目かのへまをした時だ。切り替えのために葬式のまねごとをしたのを何の気なしに同僚に話したら、彼女から自分の案件の供養を頼まれた。
 それが社内に伝わったらしく、月に数度ほど依頼が来る。今回の同期はもう何度目かだが、後輩だったり、まったく知らない人だったり、まれに偉い人だったりする。供養する案件を明かす人もいれば、何も言わずに手だけ合わせる人もおり、私はそのすべてを忘れることにしている。

 デスクに戻り、箱を開ける。中にはさっきのペンやら、クリップやら、消しゴムやら、使いさしの付箋やら。中からダブルクリップを選び、箱は本立てに戻した。ちょうどA4サイズの箱はファイルの横にしっくり並んでいて、ぱっと見で目を留める人はいないだろう。
 印刷した書類をダブルクリップで挟み、回覧印を捺して隣の席に回す。
 ダブルクリップは後輩の供養品だ。手に負えなくなって先輩に引き継いでもらった案件の葬式の時のもので、その書類を挟んでいたと言っていた。
 仕事の葬式の時には、供養品をひとつ納めてもらうことになっている。その案件に関わるものなら何でも構わないが、その後の行き先上、なんでもない小さな事務用品が多い。
 葬式を終えた供養品たちを、私がこの箱に一週間納めておいたあと、こうやって別の仕事へと放流してやるのだ。
 こうして旅立った供養品たちが何の案件に使われるのか、その案件は実るのか、確かめた人はいないし、私も確かめない。
 チョコの袋を破って口に放り込み、私は仕事に戻った。このチョコも何かの葬式の代金――いや、単にもらっただけだったかもしれない。それも忘れることにしている。
#秘密基地への旅

#秘密基地への旅

 御神木は高さ数十メートルの檜で、八方に広がる巨大な枝は生き物たちに丁度良かった。
 忍者専用の樹上喫茶にも同様で、木の高さから忍者しか入れず、また人間扱いされていないため御神木に上がって差支えないという理屈だ。
 店主の意向により喫茶ではあらゆる情報交換や諜報が禁じられ、店は静かに繁盛している。奥の席の壮年は抹茶碗を前に禅の境地を探り、二人席の少年少女はケーキ盛合せと各種シロップで枯山水作りに余念がない。ようよう敵陣を逃げ延びた足でシャケ粥を貪る下忍と相席で同じシャケ粥を静かに喫する上忍はその敵側だ。ウッドデッキに寛ぐのは大きさも色形も様々な忍犬で、好みに応じた肉をもらえる。
 店を守る店主がどんな諜報禁止ルール違反も決して見逃さないのは客なら誰もが知っているが、それを心得ない外部の者……例えばいま樹下にいる侍たちも運命は同じである。裏切った忍びを渡せと喧しい彼らを無言の唐辛子弾で追い払った店主が元は凄腕の戦忍びだというのはもっぱらの噂だが、それを確かめるのも無論ルール違反だ。顔色ひとつ変えないまま店主はカウンターに座る三つ子のばあさんに特製ナポリタンを炒めている。
都々逸アプリ7775 4月まとめ

都々逸アプリ7775 4月まとめ

焚火の煙が髪から匂う車中キャンプの枕元
立てないくらいに眠たい足に身体を布団へ運ばせる
カッターナイフの切れ味鈍く製本作業はまだ半ば
私も仲間でいていいですか今なお集ってくれる人
今日も一日どうにかヒトの皮が脱げずに帰り着く
ああああまたまたワタシの中で雨が止まないままの夜
宙に留まる何かのハチのお腹透けてる森の道
何が分かればあんたを分かることになるのか窓は闇
ポップコーンが超高速で開く花々だとすれば
蛾たちガラスにばさばさ集う多分ここらの全種類
トタン屋根には雨ざばざばで犬と寝転ぶ六畳間
ネット世界が故郷だなんてスマホ投げうつ枕元
ヒトの家こそ魔境じゃないかチョウチョ窓から出してやる
夢の中こそ最後の秘境今夜も独りで旅に出る
あめあめざあざあ隣の犬の小屋も濡らして水曜日
都々逸アプリ7775 3月まとめ

都々逸アプリ7775 3月まとめ

去年の枯れ草レーキに重く農業日誌はまだ白紙
それも飛躍だそこから逃げるための助走でかまわない
カエルの背中が犬そっくりで轢かぬようにと避けていく
そんな大したことない深手布団かぶって丸くなる
危険信号世界の中で私が絶対正しい日
なんと可愛いわんわんでしょう同じ座椅子にいる至福
空き家掃除の道のり遠くゴミのスプレー噴いて虹
長い寒さをまた這い抜けた身体がみしみし伸びて春
中卒高卒みなシゴデキで重くて仕方のない学位
会える約束また空振りで雨にぼんやり山桜
おやおや靴下あらあらリュック元気に落ちてる児童館
卒業したよと言う目の端でやっぱ眩しいシール帳
歌が聞こえた今際の際に命全てをこじ開けて
花が咲いてるこの世の果てにそこが初めの地であった
君は生まれた地獄の中に燃える荒野を踏んでゆく
ホットケーキを焼き上げながら日の出待ってる5℃の部屋
#秘密基地への旅

#秘密基地への旅

 隙間が好きだ。
 ガラス戸と大きなカーテンの間に身をすべり込ませ、薄皮一枚の向こうで笑いさざめく家族の声を聞くのが好きだ。時折カーテンを細く開け、人々を覗くのが好きだ。
 プレゼントや手紙が大きく開かれる寸前が好きだ。その暗がりの中に、入っているはずのものが形も知れず、それでもじっと在るのが好きだ。
 ランチタイムの教室で、かしましい食器の音や喋り声が偶然ぱたりと途絶えるのが好きだ。誰もが事態を感知してどっと笑い出す直前の、何秒とも数えらえぬ間に満ち満ちる静寂が好きだ。
 路地裏。細く開いた扉。一冊だけが抜き取られた本棚。人の途切れる時間帯の公園。ノートの文字の行間。
 そこを通ってゆくのが好きだ。
 そこに身を収めるのが好きだ。
 そういう存在として生まれた。
 気づいたらそういう存在だった。人間や他の生き物が私を何と呼んでいるのか、私のような者が他にいるのかは分からない。
 それでも、この私が収まれる隙間はこの世に無数に発生し、私はそこに心地よく在る。そのさまは私以外の何者にも感知されないが、私がみんなの意識の隙間にいる存在だというなら、それは何より快いものだ。
マヤ王国のポップコーン算

マヤ王国のポップコーン算

※ン年ぶりに食べた出来たてポップコーンが大変美味しかったので。

問題1

 マヤの王様は大変忙しいお役目で、休憩時間にポップコーンを召し上がるのが何よりの息抜きでした。このポップコーンをもっと楽しみたいものだと考えられた王様は料理長をお呼びになり、こうお命じになりました。
「一年間、毎日違った味付けのポップコーンを出してくれ。調味料は何種類使っても構わぬ。ただし、毎日必ず調味料を一種類は使うように」

 さあ、マヤの一年を365日とすると、毎日違う味のポップコーンを出すには、最低何種類の調味料が必要でしょうか?

実は算数苦手なのでできれば誰かに検算してほしい一応の計算式

 各々の調味料について、使う/使わないの2択が存在し、それが調味料の種類数だけ分岐するため、2択×調味料の種類数 を求める。ただし「全ての調味料を使わない」という1パターンは除くこと。

・8種類 2×2×2×2×2×2×2×2-1=255通り
・9種類 2×2×2×2×2×2×2×2×2-1=511通り

 なので、最低9種は必要。何のひねりもなかった!

問題2

 王様は大変満足なさり、周りの六つの国の王様方を招いてポップコーンパーティをなさいました。どなたもポップコーンが大のお好きで、味については一家言お持ちだったので、この方式を大層気に入られ、七つの国の調味料を持ち寄ればもっとたくさんの味を楽しめるという話になりました。一人の王様が「これはもしかすると、一生かかっても食べきれないかもしれぬ」と述べられ、大笑いになりました。

 さて、マヤのカレンダー・ラウンド(365日×52年、うるう年無し)を人の一生と仮定した場合、

・7カ国それぞれが、独自の調味料1種類を出す
・問題1に出てきた9種類の調味料のうち上記以外は、全ての国に存在する
・生まれてから死ぬまで52年間、毎日食べるものとする

……という条件では、1日何種類のポップコーンを食べれば、全部の味付けを味わえるでしょうか?

(前略)一応の計算式

 調味料の総数は、全ての国にある8種類+各国独自の7種類=計15種類。味の組み合わせは問題1と同じ方式で、

2×2×2×2×2×2×2×2×2×2×2×2×2×2×2-1=32,767通り

 いっぽう、人間の一生は、

365日×52年=18,980日

 よって、1日に食べる味付けは、

32,767÷18,980=1.7264…

 1日に2種類食べればよさそう(ついでに、10日に1回くらいは休めそう)。

 ……ただし、王様たちはみんな大人になってしまっているので、一生の日数−これまで生きてきた日数 で計算しないといけない。大変だ!
鏡

 鏡の中には鏡の世界があるわけだが、現実側から覗いた鏡の世界の奥行きは、鏡の置かれている位置が起点となる。そのため、鏡の位置が変われば鏡の世界と現実の世界との重なり方は異なってくる。つまり、鏡と現実との境目=鏡面=この世に存在しうる平面の数nだけ、鏡の異世界が存在しうるわけだ。
 ここで現実世界も含めた世界の総数n+1のうち、自分はどの世界に入ったのか、さらに現実世界もまたn個ずつ存在するとすれば自分は2n個の異世界を転々とし続けているのでは、いや鏡写しの世界が反復増殖を続けているなら自分の移動する世界の総数は2n ∞なのではと、小さいアリスは疑い始めている。
髪

 人の一生分の髪を全て繋げた長い長い一筋を持たされている。周囲は天地とも灰色で、柔らかいようでも味気ないようでもある。暑くもなく寒くもなく、音もなく静かでもなく、周囲を遠くに囲む地平線のほかは、手元にただ一筋の髪があるきりである。
 この髪を手繰ってずっと歩いている。初めに持たされた一端は赤ん坊のそれだったか、蜘蛛の糸よりやわい手応えで空恐ろしかった。たどるほどにそれは次第に黒く、丈夫になっていき、稀に茶色くなったり白が入ったりしながら、今、手の中には艶やかに黒い一筋が続いている。
 先を見はるかすと、髪の先端は地平線のずっと手前で消失しているかのようだ。が、それは単に見えないだけで、実際の髪はまだどこまでも続いているのだと私は知っている。
 ふと髪から手を放し、一歩離れてみた。さらに二歩、三歩。
 髪が視界から消える。周りには地平線が一本きり。
 動悸が心なしか早くなった気がし、私は早足で三歩戻った。しかし髪は見当たらず、体内の心臓の音がさらに大きくなる。深呼吸し、空中をそっと手で探る。探り、探り、ようやく手の甲が細い一筋を捉える。深く息を吐く速度でそれを手に収め、再び歩き始める。――こちらの方向で良かったか? ふと余計疑惑が脳裏をよぎり、いやいやこちらしか有り得ないという事実を自分に言い聞かせる。
 この旅の終着点、つまりこの髪の持ち主がいくつまで生きる/生きたのかを私は知らない。彼/彼女のことも、果たして私と縁続きなのかどうかも私は知らない。髪はただ一方的に私の道を示し、あくまで黒く艶やかだ。

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