らくがき山脈
らくがき山脈に首尾よく入り込めたのはすぐに分かった。
頭上は殴り書きの言葉に鬱蒼と覆われ、腰から下に延々繁る藪と見れば奇怪にのたくる線だ。辛うじて分け行った獣道を、走り描きの動物が時折よぎる。
すごい。宝の山だ。初日だけで何万再生稼げるだろう?
当然というか、スマホは圏外だ。なにせ山中だ。想定内なので気にせず、僕はカメラを夢中で回した。
この世の落書きという落書きがひしめいているという山脈の存在は都市伝説で知っていた。
なにげなく書き付けた言葉。文具売り場の試し書き。退屈な会議中の落描き。書きながら寝落ちした時の正体不明な線。人の手で書かれながら意味を持たないものがみな集まり、森となり山となって延々続いているというのだ。だが実際の現地レポートは未だひとつもなく、噂は噂の域を出ない。
誰もが身に覚えのある、しかしまだ誰もたどり着いていない場所。
実況中継がだめでも、せめて動画として公開できたら。
世界的動画サイトの泡沫配信者である僕としては、ノドから手が出るような案件だった。
滝よろしく流れ落ちる文字たちはラブレターだったらしい。こちらが頭を抱えるレベルで恥ずかしい言葉が眼前を次々よぎり、撮影しながら僕は一生分笑い転げた。ときどき入る女の人の名前がきっと恋の相手で、この地で見つかったからにはこの手紙は出されなかったのだ。
固有名詞の部分にはモザイクを当てればいい。誰かの黒歴史かもしれないが、せっかくの手紙だ。日の目を見せてこそ成仏できるってもんだろう。僕は動画に名前を付けて保存し、心の中でそっと両手を合わせた。
周囲に動物が何匹か集まってきた。どれもこれもつたない線だ。記憶だけで描いたらしい猫(?)。有名ゲームからパクられた不細工なモンスター。一匹ずつ長めにカメラを向けてやった。
そんなこんなでたっぷり数時間カメラを回し……違和感に気づいた。一度もメモリーカードを替えていない。
いくら何でもメモリー数はそこまで多くない。慌ててフォルダを見返すと、保存したはずのデータは空っぽだった。
呆然とし……思い当たった。
もしや。
ここは、らくがき山脈。無意味な書き付けばかりが集まる場所。
ということは。
目的をもって作られた情報は、この地に存在できないのだ。例えば、公開するために撮られたデータなどは。
がっくり来て、僕は思わず座り込んでしまった。
――と、恐ろしい可能性に気づいた。
ぞわっとした。慌てて周囲を見る。
ここまで来る道々、ずっと木に刻んでおいたのだ。帰るための目印を。
無い。やはり無い。
いや、それだけではない。
目的をもった情報は、ここでは存在できない。つまり、僕が外へ助けを呼ぶ手段を作ることも不可能なのだ。スマホの電波が圏外なのも当然だった。
(いや、待て)
不意にひとつの可能性を思い出した。
ここに来る直前に上げた動画に、予告編を付けておいたのだ。「次回、らくがき山脈配信チャレンジ!」と。
万一、万万が一、それを観た誰かが気づいてくれたら……
〈次回、らくがき山脈配信チャレンジ!〉
至近距離の大音量に心臓が止まりかけた。見ると、すぐ横の池に僕が映っている。――正確には、僕の動画が。
僕は呆然とそれを観た。これがここにあるということは……
この動画、僕の唯一の命綱は、元の世界で削除されてしまったのだ!
* * *
らくがき山脈にうまく入り込めたのはすぐに分かった。
すげえ。宝の山だ。初日だけで何万再生行くかな?
他の配信者がらくがき山脈突撃の話を先に出したのには焦った。どうしたって俺が一番乗りしたかった。
だから、そいつの動画にイチャモンを付けて、運営に消させてやった。そしてもちろん、独りでここへ来た。
……まあやっぱり、スマホは圏外だ。山なわけだし。予想はできたから気にせず、俺はカメラを夢中で回した。
(了)
頭上は殴り書きの言葉に鬱蒼と覆われ、腰から下に延々繁る藪と見れば奇怪にのたくる線だ。辛うじて分け行った獣道を、走り描きの動物が時折よぎる。
すごい。宝の山だ。初日だけで何万再生稼げるだろう?
当然というか、スマホは圏外だ。なにせ山中だ。想定内なので気にせず、僕はカメラを夢中で回した。
この世の落書きという落書きがひしめいているという山脈の存在は都市伝説で知っていた。
なにげなく書き付けた言葉。文具売り場の試し書き。退屈な会議中の落描き。書きながら寝落ちした時の正体不明な線。人の手で書かれながら意味を持たないものがみな集まり、森となり山となって延々続いているというのだ。だが実際の現地レポートは未だひとつもなく、噂は噂の域を出ない。
誰もが身に覚えのある、しかしまだ誰もたどり着いていない場所。
実況中継がだめでも、せめて動画として公開できたら。
世界的動画サイトの泡沫配信者である僕としては、ノドから手が出るような案件だった。
滝よろしく流れ落ちる文字たちはラブレターだったらしい。こちらが頭を抱えるレベルで恥ずかしい言葉が眼前を次々よぎり、撮影しながら僕は一生分笑い転げた。ときどき入る女の人の名前がきっと恋の相手で、この地で見つかったからにはこの手紙は出されなかったのだ。
固有名詞の部分にはモザイクを当てればいい。誰かの黒歴史かもしれないが、せっかくの手紙だ。日の目を見せてこそ成仏できるってもんだろう。僕は動画に名前を付けて保存し、心の中でそっと両手を合わせた。
周囲に動物が何匹か集まってきた。どれもこれもつたない線だ。記憶だけで描いたらしい猫(?)。有名ゲームからパクられた不細工なモンスター。一匹ずつ長めにカメラを向けてやった。
そんなこんなでたっぷり数時間カメラを回し……違和感に気づいた。一度もメモリーカードを替えていない。
いくら何でもメモリー数はそこまで多くない。慌ててフォルダを見返すと、保存したはずのデータは空っぽだった。
呆然とし……思い当たった。
もしや。
ここは、らくがき山脈。無意味な書き付けばかりが集まる場所。
ということは。
目的をもって作られた情報は、この地に存在できないのだ。例えば、公開するために撮られたデータなどは。
がっくり来て、僕は思わず座り込んでしまった。
――と、恐ろしい可能性に気づいた。
ぞわっとした。慌てて周囲を見る。
ここまで来る道々、ずっと木に刻んでおいたのだ。帰るための目印を。
無い。やはり無い。
いや、それだけではない。
目的をもった情報は、ここでは存在できない。つまり、僕が外へ助けを呼ぶ手段を作ることも不可能なのだ。スマホの電波が圏外なのも当然だった。
(いや、待て)
不意にひとつの可能性を思い出した。
ここに来る直前に上げた動画に、予告編を付けておいたのだ。「次回、らくがき山脈配信チャレンジ!」と。
万一、万万が一、それを観た誰かが気づいてくれたら……
〈次回、らくがき山脈配信チャレンジ!〉
至近距離の大音量に心臓が止まりかけた。見ると、すぐ横の池に僕が映っている。――正確には、僕の動画が。
僕は呆然とそれを観た。これがここにあるということは……
この動画、僕の唯一の命綱は、元の世界で削除されてしまったのだ!
* * *
らくがき山脈にうまく入り込めたのはすぐに分かった。
すげえ。宝の山だ。初日だけで何万再生行くかな?
他の配信者がらくがき山脈突撃の話を先に出したのには焦った。どうしたって俺が一番乗りしたかった。
だから、そいつの動画にイチャモンを付けて、運営に消させてやった。そしてもちろん、独りでここへ来た。
……まあやっぱり、スマホは圏外だ。山なわけだし。予想はできたから気にせず、俺はカメラを夢中で回した。
(了)