052:真昼の月 ※蔵出し
西暦二〇●●年、人類史上初めて戦争がなくなった。正確には、人間同士で内輪もめしている場合ではなくなったのだ。
始まりは、国際宇宙望遠鏡が捉えた百光年先の恒星だった。前日まで正常な位置で正常に光っていた星が突如、急激に三天文単位ばかり移動したかと思うと、そこで巨大な閃光とガス雲が発生した。ガス雲の色や規模から推定して、どうやらその恒星が動いた先で爆発したものと思われた。
およそ常識外れの現象に、各国の天文学者はみな呆然とした。
「流れ星が別の何かにぶつかったみたいな現象じゃないか」
誰かが恐る恐る口に出し、他の者もうなずいたものの、誰もが目を疑っていた。例の恒星はまだまだ若い星だったし、何より恒星はそんな動きはしない。少なくとも、人類の知る範囲では。
なのにそれ以降、同じような現象が頻発した。その宙域で、恒星がさっと流れては爆発する。それが一ヶ月に数度は起き、そのあたりの夜空はきらめく光点の代わりにぼんやり霞むようになった。
そして観測の結果、ようやくある程度の様相が分かってきた。
恒星の動きの終点、つまり爆発地点は宙域の特定の二箇所に集中していた。また、始点は比較的ばらばらであったが、いずれもその二箇所の周囲の、終点ではない側だった。つまり、A点近辺から流れた星はB点で、B点近辺から流れた星はA点で爆発している。
――まるで、巨大な誰かと誰かが、自分の陣地から掴み取った雪で雪合戦でもしているように。
こう例えたのはネットメディアの記事だが、その頃には科学者たちは恐ろしい推論へ達せざるを得なくなっていた。
実際に、これは雪合戦もとい星合戦なのだ。星を弾丸として発射する者同士の。
さらなる懸念があった。この宙域は地球から百光年離れている。つまり、実際は百年前の話だ。その後、「星合戦」はどうなった? もっと言えば、現在はどうなっている? 正直に言えば――地球は大丈夫なのか?
なにせ百光年など、宇宙スケールで言えばお隣どころかゼロ同然の距離なのだ。
とは言え、それより近い宙域の星々に異常が見られないからには、どうやら「星合戦」は少なくとも太陽系方面へ近づいてはいないか、(願わくば)それきり終結したのではないか?
学者たちの推論を裏付けるように、「星合戦」現象はその開幕から一ヶ月後、その宙域を空っぽにして静かになった。
さらに一ヶ月の観測を経て、何の異常も確認されなかったことから、学者たちは胸をなで下ろしつつ、ひとまず現象は収まったと結論を……
その日、五十光年先の恒星が流れて爆発したのが観測された。例の宙域と太陽系のちょうど中間だった。
パニックも度が過ぎると静かなもので、天文学者たちは宇宙望遠鏡からのデータを速やかに検証した。地球との距離の近さもあり、今度の現象はより鮮明に記録されていた。
送られてきた映像には、くだんの恒星を紐状の何かが絡め取り、投石器のように投げているさまが映っている。
紐状の何かの根本を辿ると、恒星より遥かに小さな――それでも木星サイズの塊が辛うじて認められた。「紐」はその塊から、長さ千キロメートルほどの長大な触手のように伸び、自分より遥かに大きな別の恒星を捕えると、同じように投げた。
投げられた恒星は流星となって流れ、何かにぶつかって爆発する。
そのガス雲が薄れると――そこにはもう一つの、やはり木星大の「塊」があった。それは自分の触手を伸ばし、手近な恒星を……
もう間違いなかった。二つの「塊」が生物か人工物かはともかく、@それらは意図的に「星合戦」を行っている。そして、A先般の「星合戦」もそれらのせいとすれば、それらは一ヶ月で五十光年を移動することができる。
さらに、BAであるなら、それらは来月以降、太陽系近辺を主戦場とする可能性がある。
「どうする」
一人の学者が言った。
「誰が」
別の学者が訊き返した。返事は誰からもなかった。
五十光年先の星々は日ごと順調にガス雲へ置き換わり、かくて西暦二〇●●年、人類は史上初めて戦争をやめ、百億人が座して空を見上げた。
ある日、太陽系を囲むオールトの雲の端と端に、それぞれ「木星大の塊」が観測された。
恐れおののく太陽系の微生物たちを挟んで睨み合う二つの塊から触手が伸ばされるさまは、わずかの時差を置いて地球からもはっきりと観測され……
地球史はそこで終わった。
もっと言うと、宇宙史はそこで終わった。
気づくと、地球人類は百億人ぞろぞろ並んで光り輝く門をくぐらされていた。
門は人類からは認識できないほど巨大だったのだが、どうしてか全員がそれを門と理解していた。
周りを見ると、犬猫や鳥魚や虫を始め、ありとあらゆる生物たちも大挙して門をくぐっている。
さては星合戦で地球が吹っ飛ばされたせいで、有象無象まとめて天国送りだな。誰もがそれを悟った。
……にしては巨大すぎる何かが一緒に移動しているのことに、やがて人間たちは気づいた。どうやら地球ではありえないサイズの生き物らしい。察するに(察する理由は不明だが)、触手のある、おおよそ木星大の。
気づいてみると、それらも二つどころか何百万となく、光る門をくぐってゆく。
呆然としながら人類は、それらより遥かに――桁違いに大きい存在たちをついに認識した。
自分たちの宇宙サイズの生き物だ。
同時に、人類は理解した。いや、人智を超える何者かが、人類含む全生物に、理解を流し込んできた。
地球が滅んだのは、木星大の生物同士の星合戦のせいではない。
さらに巨大な生物同士が、宇宙同士を投げ合った、宇宙合戦のせいだ。
地球を含む宇宙は投げつけられて吹き飛び、木星大の生物たちも、もちろん地球の生物も、一切合切命を落としたのだった。
人類が見てみると(なぜ見えるのかは不明だが)、宇宙を投げつけ合っていたらしい超巨大生物たちが、それらにそっくりの姿をした光り輝く存在に追い立てられ、恐ろしげな黒い門へ追いやられるのがわかった。
同時に、脳内にぞんざいな声がした。
――さあさあ、戦争で死んだ生き物は全員天国行きですよ。早く動いて、動いて。あとがつかえてるんだから。
どうやらそもそも神も天国地獄も、あの宇宙より大きい生物仕様だったらしい。
星合戦していた生物も、いや、人類の戦争で死んだ微生物も、信じる神を持っていたろうか? 輝く門をくぐりながら、一人の(元)天体学者はふと思った。
始まりは、国際宇宙望遠鏡が捉えた百光年先の恒星だった。前日まで正常な位置で正常に光っていた星が突如、急激に三天文単位ばかり移動したかと思うと、そこで巨大な閃光とガス雲が発生した。ガス雲の色や規模から推定して、どうやらその恒星が動いた先で爆発したものと思われた。
およそ常識外れの現象に、各国の天文学者はみな呆然とした。
「流れ星が別の何かにぶつかったみたいな現象じゃないか」
誰かが恐る恐る口に出し、他の者もうなずいたものの、誰もが目を疑っていた。例の恒星はまだまだ若い星だったし、何より恒星はそんな動きはしない。少なくとも、人類の知る範囲では。
なのにそれ以降、同じような現象が頻発した。その宙域で、恒星がさっと流れては爆発する。それが一ヶ月に数度は起き、そのあたりの夜空はきらめく光点の代わりにぼんやり霞むようになった。
そして観測の結果、ようやくある程度の様相が分かってきた。
恒星の動きの終点、つまり爆発地点は宙域の特定の二箇所に集中していた。また、始点は比較的ばらばらであったが、いずれもその二箇所の周囲の、終点ではない側だった。つまり、A点近辺から流れた星はB点で、B点近辺から流れた星はA点で爆発している。
――まるで、巨大な誰かと誰かが、自分の陣地から掴み取った雪で雪合戦でもしているように。
こう例えたのはネットメディアの記事だが、その頃には科学者たちは恐ろしい推論へ達せざるを得なくなっていた。
実際に、これは雪合戦もとい星合戦なのだ。星を弾丸として発射する者同士の。
さらなる懸念があった。この宙域は地球から百光年離れている。つまり、実際は百年前の話だ。その後、「星合戦」はどうなった? もっと言えば、現在はどうなっている? 正直に言えば――地球は大丈夫なのか?
なにせ百光年など、宇宙スケールで言えばお隣どころかゼロ同然の距離なのだ。
とは言え、それより近い宙域の星々に異常が見られないからには、どうやら「星合戦」は少なくとも太陽系方面へ近づいてはいないか、(願わくば)それきり終結したのではないか?
学者たちの推論を裏付けるように、「星合戦」現象はその開幕から一ヶ月後、その宙域を空っぽにして静かになった。
さらに一ヶ月の観測を経て、何の異常も確認されなかったことから、学者たちは胸をなで下ろしつつ、ひとまず現象は収まったと結論を……
その日、五十光年先の恒星が流れて爆発したのが観測された。例の宙域と太陽系のちょうど中間だった。
パニックも度が過ぎると静かなもので、天文学者たちは宇宙望遠鏡からのデータを速やかに検証した。地球との距離の近さもあり、今度の現象はより鮮明に記録されていた。
送られてきた映像には、くだんの恒星を紐状の何かが絡め取り、投石器のように投げているさまが映っている。
紐状の何かの根本を辿ると、恒星より遥かに小さな――それでも木星サイズの塊が辛うじて認められた。「紐」はその塊から、長さ千キロメートルほどの長大な触手のように伸び、自分より遥かに大きな別の恒星を捕えると、同じように投げた。
投げられた恒星は流星となって流れ、何かにぶつかって爆発する。
そのガス雲が薄れると――そこにはもう一つの、やはり木星大の「塊」があった。それは自分の触手を伸ばし、手近な恒星を……
もう間違いなかった。二つの「塊」が生物か人工物かはともかく、@それらは意図的に「星合戦」を行っている。そして、A先般の「星合戦」もそれらのせいとすれば、それらは一ヶ月で五十光年を移動することができる。
さらに、BAであるなら、それらは来月以降、太陽系近辺を主戦場とする可能性がある。
「どうする」
一人の学者が言った。
「誰が」
別の学者が訊き返した。返事は誰からもなかった。
五十光年先の星々は日ごと順調にガス雲へ置き換わり、かくて西暦二〇●●年、人類は史上初めて戦争をやめ、百億人が座して空を見上げた。
ある日、太陽系を囲むオールトの雲の端と端に、それぞれ「木星大の塊」が観測された。
恐れおののく太陽系の微生物たちを挟んで睨み合う二つの塊から触手が伸ばされるさまは、わずかの時差を置いて地球からもはっきりと観測され……
地球史はそこで終わった。
もっと言うと、宇宙史はそこで終わった。
気づくと、地球人類は百億人ぞろぞろ並んで光り輝く門をくぐらされていた。
門は人類からは認識できないほど巨大だったのだが、どうしてか全員がそれを門と理解していた。
周りを見ると、犬猫や鳥魚や虫を始め、ありとあらゆる生物たちも大挙して門をくぐっている。
さては星合戦で地球が吹っ飛ばされたせいで、有象無象まとめて天国送りだな。誰もがそれを悟った。
……にしては巨大すぎる何かが一緒に移動しているのことに、やがて人間たちは気づいた。どうやら地球ではありえないサイズの生き物らしい。察するに(察する理由は不明だが)、触手のある、おおよそ木星大の。
気づいてみると、それらも二つどころか何百万となく、光る門をくぐってゆく。
呆然としながら人類は、それらより遥かに――桁違いに大きい存在たちをついに認識した。
自分たちの宇宙サイズの生き物だ。
同時に、人類は理解した。いや、人智を超える何者かが、人類含む全生物に、理解を流し込んできた。
地球が滅んだのは、木星大の生物同士の星合戦のせいではない。
さらに巨大な生物同士が、宇宙同士を投げ合った、宇宙合戦のせいだ。
地球を含む宇宙は投げつけられて吹き飛び、木星大の生物たちも、もちろん地球の生物も、一切合切命を落としたのだった。
人類が見てみると(なぜ見えるのかは不明だが)、宇宙を投げつけ合っていたらしい超巨大生物たちが、それらにそっくりの姿をした光り輝く存在に追い立てられ、恐ろしげな黒い門へ追いやられるのがわかった。
同時に、脳内にぞんざいな声がした。
――さあさあ、戦争で死んだ生き物は全員天国行きですよ。早く動いて、動いて。あとがつかえてるんだから。
どうやらそもそも神も天国地獄も、あの宇宙より大きい生物仕様だったらしい。
星合戦していた生物も、いや、人類の戦争で死んだ微生物も、信じる神を持っていたろうか? 輝く門をくぐりながら、一人の(元)天体学者はふと思った。