010:トランキライザー(蔵出し)
ネットオークションに出たマグカップはファンの間では伝説的なグッズだった。十六年前、ライブ百回達成記念にアーティスト自らデザインして油性ペンでサインを入れ、十個限定でチャリティオークションに出されたという経緯を持つもので、そのときは十個全てが六桁で落札されている。
今回出たのはそのうちの一個と思われた。オークション開始から二十時間ですでに十人以上が入札、現在価格は八万円に達している。
が、当然、偽物説もほとんど同時に流れた。出品者Q&Aを読む限りでは不審な点は見当たらないが、物が物だ。
そして、コレクターアイテム同然の品物にも関わらず外箱は紛失している。出品者はカップを飾っておきたかったため購入し、箱の保存は考えていなかったと答えていた。まあファンサイトを見る限り外箱は専用ケースなどではなく、ただの段ボールだったので、捨てても不自然はないといえばない。クサいが検証はできないといったところか。
商品写真にはカップ表面のアーティスト直筆サインも載ってはいたが、これについても似せて書くことはいくらでもできるわけで、証明にはならなそうである。
結果、圧倒的多数のファンは喉から手が出る思いをしながらも結局眉唾で成り行きを見守っていた。
* * *
そして実際、そのカップは偽物だった。もっと言えば、試作段階の彩色ダミーである。
アーティストから受注した陶器製造会社の担当者が、倉庫の隅に放置されていたダミーを個人アカウントから出品したのだ。外箱は用意できないため、あえてそのまま出した。サインも当然、模写である。
オークション開始から数時間で価格は大きく跳ね上がった。現在はひとまず落ち着いたらしいが、それでもゆるやかに伸び続けている。
有名人さまさまだ。死後十年も経って、いまだにこうやって金を落としてくれる。
件のアーティストは故人である。スランプで酒に溺れ、深夜自宅で急性アルコール中毒にやられて命を落とした。翌日、連絡がつかないのを不審に思ったマネージャーが迎えに来て発覚したのだ。
生前、名前は全国区で売れており、ヒットも二度ほどあった。当時のファンがあらかた卒業してしまった今になってもコアなファンは残ってくれているようだ。
だが、そいつらは一体誰のファンなんだろう。出品者……僕は時々疑問に思う。
実のところ、アーティストに楽曲を提供していたのは僕だ。学生時代のバンド仲間だったが、大学を出て道が分かれた。
デビュー時代のアーティストの実力は本物だ。自力で書いた曲を路上で歌い続けてスカウトされ、全国区までのし上がった。やっぱりあいつはすげえと、僕含む元仲間はテレビを見ながら噂しあったものだ。
その後、昔のよしみで彼はツアーグッズを友人たちの勤め先に発注してくれるようになった。僕の勤めた陶器製造会社もその一つで、おかげで社内ではずいぶん過ごしやすかった。
が、友人の名前で食わせてもらっている後ろめたさはどうしても消えなかった。まして、かつて自分が諦めた道の中心を歩む友人だ。
だから嬉しかった。彼が自分に、こっそり作詞作曲の相談をしてくれるようになってから。他ならぬプロに頼られている。正直、誇らしかった。
しかしある時期から、アーティストは僕の出した楽曲をそのまま使うようになった。ちょうどアルコールの量が増え始めた頃だ。そして、一時期ほどの勢いはなかったにせよそれらの曲もそこそこ売れたのだ。
ただし、もちろん彼の名前で。
それとなく、彼に言ったことがある。とはいえ金が欲しかったわけではないし、こちらだって彼の名前でだいぶ稼いだ。
であっても、あれは自分の曲なのだ。この自分の。
結果は言わずもがなである。
そしてあの夜。
寝入りばな、アーティストから電話がかかってきたのだ。曲が書けない。もう一度だけ助けてくれ。素人が聞いても相当ろれつが怪しく、時々会話が途切れた。
正直まずいと思った。ただし、頭で。だから言った。
ごめんな、僕もスランプなんだ。もう出せる曲は持ってないよ。
結果は言わずもがなである。
* * *
六日後、マグカップは結局五十三万で落札された。
世に盗人の種はつきまじだ。ため息ひとつも出ないまま、僕はカップを発送し、この件はそれきりになった。
件のカップ、デザインはそのときの新曲のイメージソングで、曲名はFriends。それにすら心は揺れない。
五十三万は酒になるだろう。あれ以来、曲は書かない。
今回出たのはそのうちの一個と思われた。オークション開始から二十時間ですでに十人以上が入札、現在価格は八万円に達している。
が、当然、偽物説もほとんど同時に流れた。出品者Q&Aを読む限りでは不審な点は見当たらないが、物が物だ。
そして、コレクターアイテム同然の品物にも関わらず外箱は紛失している。出品者はカップを飾っておきたかったため購入し、箱の保存は考えていなかったと答えていた。まあファンサイトを見る限り外箱は専用ケースなどではなく、ただの段ボールだったので、捨てても不自然はないといえばない。クサいが検証はできないといったところか。
商品写真にはカップ表面のアーティスト直筆サインも載ってはいたが、これについても似せて書くことはいくらでもできるわけで、証明にはならなそうである。
結果、圧倒的多数のファンは喉から手が出る思いをしながらも結局眉唾で成り行きを見守っていた。
* * *
そして実際、そのカップは偽物だった。もっと言えば、試作段階の彩色ダミーである。
アーティストから受注した陶器製造会社の担当者が、倉庫の隅に放置されていたダミーを個人アカウントから出品したのだ。外箱は用意できないため、あえてそのまま出した。サインも当然、模写である。
オークション開始から数時間で価格は大きく跳ね上がった。現在はひとまず落ち着いたらしいが、それでもゆるやかに伸び続けている。
有名人さまさまだ。死後十年も経って、いまだにこうやって金を落としてくれる。
件のアーティストは故人である。スランプで酒に溺れ、深夜自宅で急性アルコール中毒にやられて命を落とした。翌日、連絡がつかないのを不審に思ったマネージャーが迎えに来て発覚したのだ。
生前、名前は全国区で売れており、ヒットも二度ほどあった。当時のファンがあらかた卒業してしまった今になってもコアなファンは残ってくれているようだ。
だが、そいつらは一体誰のファンなんだろう。出品者……僕は時々疑問に思う。
実のところ、アーティストに楽曲を提供していたのは僕だ。学生時代のバンド仲間だったが、大学を出て道が分かれた。
デビュー時代のアーティストの実力は本物だ。自力で書いた曲を路上で歌い続けてスカウトされ、全国区までのし上がった。やっぱりあいつはすげえと、僕含む元仲間はテレビを見ながら噂しあったものだ。
その後、昔のよしみで彼はツアーグッズを友人たちの勤め先に発注してくれるようになった。僕の勤めた陶器製造会社もその一つで、おかげで社内ではずいぶん過ごしやすかった。
が、友人の名前で食わせてもらっている後ろめたさはどうしても消えなかった。まして、かつて自分が諦めた道の中心を歩む友人だ。
だから嬉しかった。彼が自分に、こっそり作詞作曲の相談をしてくれるようになってから。他ならぬプロに頼られている。正直、誇らしかった。
しかしある時期から、アーティストは僕の出した楽曲をそのまま使うようになった。ちょうどアルコールの量が増え始めた頃だ。そして、一時期ほどの勢いはなかったにせよそれらの曲もそこそこ売れたのだ。
ただし、もちろん彼の名前で。
それとなく、彼に言ったことがある。とはいえ金が欲しかったわけではないし、こちらだって彼の名前でだいぶ稼いだ。
であっても、あれは自分の曲なのだ。この自分の。
結果は言わずもがなである。
そしてあの夜。
寝入りばな、アーティストから電話がかかってきたのだ。曲が書けない。もう一度だけ助けてくれ。素人が聞いても相当ろれつが怪しく、時々会話が途切れた。
正直まずいと思った。ただし、頭で。だから言った。
ごめんな、僕もスランプなんだ。もう出せる曲は持ってないよ。
結果は言わずもがなである。
* * *
六日後、マグカップは結局五十三万で落札された。
世に盗人の種はつきまじだ。ため息ひとつも出ないまま、僕はカップを発送し、この件はそれきりになった。
件のカップ、デザインはそのときの新曲のイメージソングで、曲名はFriends。それにすら心は揺れない。
五十三万は酒になるだろう。あれ以来、曲は書かない。