081:ハイヒール | 小噺帖

小噺帖

極小一次創作。よそで作った三題噺や都々逸の一時的集積所。
極小一次創作。よそで作った三題噺や都々逸の一時的集積所。
081:ハイヒール

081:ハイヒール

 森屋敷の若主人は、川屋敷の令嬢宛の恋文をこっそり使用人に持たせた。両家は仲が悪く、大っぴらに付き合うことは御法度だったのだ。
 もちろん、使用人には因果を含めるだけでなく交換条件も出してある。使用人は難しい文章などとうてい書けないが、ある程度読むことはできる。そして、同じく仲介役の川屋敷のメイドに恋している。若主人は、使用人からメイド宛の恋文を代筆してやり、主人たちの手紙と合わせてやり取りすることを認めてやった。
 とはいえ、若主人は内心ほとんど面白がっていたのだ。野暮そのものの使用人の口から君は花のように美しいだの瞳が星のようだだの聞かされるわけで、毎回笑いで筆が震えるのを抑えるのに苦労した。
 かくて御主人様のと自分のと二通の手紙を持った使用人は、川屋敷にたどり着くと、いつも通り裏木戸近くの木のうろに手紙を隠し、静かに立ち去った。やがて姿を現したメイドが二通の手紙を密かに回収する。メイドは使用人からの手紙――封筒入りで封印まで推された若主人のと違い、折られただけの紙――にちらっと目をくれると、おざなりに開いただけでくしゃりと丸めた。そして若主人からの手紙を令嬢へ届けに行きがてら、丸めたほうをさっさと暖炉へ放り込んでしまった。
 実のところ、使用人からの手紙は彼の手で特殊な形に折り直されていた。それはメイド宛の暗号であり、折られた形でもって情報を伝えるのだった。つまり万一見つかっても稚拙な恋文としか思われず、くしゃくしゃにすれば折れ跡も隠してしまえる。要は、メイドも使用人もスパイなのだった。
 今回の折り方は「動きあり、そちらはどうか」。代々政治の要職を担ってきた両家のどちらかへ国の重要書類が渡る時期なのだ。令嬢の舞い上がりぶりに笑顔で合わせながら、メイドは昨晩からぴりついている当主の枕元の文箱を伺う手順をおさらいしている。