080:ベルリンの壁 | 小噺帖

小噺帖

極小一次創作。よそで作った三題噺や都々逸の一時的集積所。
極小一次創作。よそで作った三題噺や都々逸の一時的集積所。
080:ベルリンの壁

080:ベルリンの壁

 牢があった。
 夜の長い国で、冬は人を押し固めるような寒さだったが、牢はあたたかだった。羊毛を分厚く貼った石壁の内に、囚人たちは日々を過ごした。
 国の王が無慈悲だったので、牢は逆らって捕らえられた者たちでいっぱいだった。看守たちは囚人のために日々ジャガイモと肉と野菜を茹で、晴れた日は外でボール遊びをさせ、夜は襲撃者の無いようがっちりと鍵をかけた。そして王の役人たちに、囚人はひとりも逃げていないと告げ続けた。囚人たちもそれをよく知り、看守の前では決して外とやり取りしなかった。
 夜も昼もなく真っ暗な季節も深まったある日から、囚人たちの夕食の皿に赤い実が乗る。看守たちが牢の庭から摘んだナナカマドの実で、囚人たちは十二月に入ったことを知る。
 クリスマスの夜、皿にはヒイラギの葉と実が乗り、クリームの塊がつく。看守たちは、囚人に雪で冷やした飯を食わせているのだと報告する。
 晩餐のあと、石の廊下には看守たちの静かな合唱がこだまする。Adeste Fideles。囚人たちは物音も立てないので、今年入った看守のテノールは独り言のようだ。