067:コインロッカー | 小噺帖

小噺帖

極小一次創作。よそで作った三題噺や都々逸の一時的集積所。
極小一次創作。よそで作った三題噺や都々逸の一時的集積所。
067:コインロッカー

067:コインロッカー

 さようならだけを売っている店があった。あらゆる言語の別れの手紙。長い旅に出る人と交わした盃。手を振るSNSスタンプ。病室の枕元のキス。縁切り神社の絵馬。卒業式の合唱。船から港へ延ばす色とりどりのテープ。棺に入れた花。夢報せ。店を訪れる人はまれだったが、みな自分にふさわしいさようならを求め、棚を真剣に吟味した。
 もっと稀に他人のさようならを求める人もいて、今日の少女は隅の棚から小さなロッカーの扉をやっと探し当てた。
 開けた向こうは十五年前の冬で、少女によく似た若い女性があちら側から赤ん坊を中に差し入れる。赤ん坊は何重にも包まれ、顔だけ出して眠っている。女性が戸を閉める寸前、彼女と少女の目が合う。女性がか細い声でごめんねと言い、戸が閉ざされたとたん、全てはかき消え、残ったこちら側の戸の前で少女の涙がいつまでも止まらない。