小噺帖

極小一次創作。よそで作った三題噺や都々逸の一時的集積所。
極小一次創作。よそで作った三題噺や都々逸の一時的集積所。
バイク/独り言/シャングリラ

バイク/独り言/シャングリラ

近所の三文文士が締切前の大不調なので、戯れに居眠り中の奴の眼鏡に原稿用紙の升目を書いてやった。目覚めた奴は慌てて眼鏡をかけ漫画のように周囲を見回したが、案に相違して猛然と原稿を埋め始めた。それ以来、升眼鏡は奴の御愛用となったが、奴の口から出るのは森羅万象の乗り移った語りばかりだ。
絵

 スケッチブックは海の絵ばかりだった。船であるいは車でスケッチブックはあちこちの海へ運ばれ、そこに新しい人が新しい海を描き足した。ページごとに水の色も空の色もさまざまで、見た人は自分の知る海を必ずひとつは見つけ出せた。スケッチブックの出所は定かでないが、数十年前に廃番になったことだけは明らかだ。
絵

生物たちはぬるい水に漂い、てんでに泳ぎ、ときどき交配しては程よく殖えた。彼らは明暗を見分けることができたので、白から黒までのグラデーションの中にお互いの区別を明確に見出し、相手のうつくしさを讃えた。
085:コンビニおにぎり

085:コンビニおにぎり

 彼は車を公園前の路肩に停めた。車は寒かったが、家はもっと寒いはずだった。家では犬が彼の帰りを待っているはずで、散歩道はがたがたのはずだった。
 仕事を終えて帰る前に、車をここに停めて一息入れるのが慣いだった。この時のためだけに、多くない稼ぎからいつもとっておきのお菓子を買っておいてあった。好きな店のクッキーだったり、外国のグミだったり、地元の駄菓子だったり、とにかく長い仕事と寒い家を忘れるものなら何でもよかった。
 今日はスーパーのドーナツで、カラースプレーがザマアミロとばかりに乗っていた。ザマアミロたちの色合いは身勝手で、そのわりに歯応えは静かだった。受けた手にぱらぱら落ちるザマアミロは暗がりでも元の色合いが知れた。見えなかったが知れた。そこが彼の気に入った。食べ終わってもその色合いたちはいっとき彼の意識に残り続けた。
 やがて彼は膝をぽんと打つと、エンジンを入れて家へ帰った。家は寒く、散歩はしんどく、犬はうっとうしく可愛かった。
067:コインロッカー

067:コインロッカー

 さようならだけを売っている店があった。あらゆる言語の別れの手紙。長い旅に出る人と交わした盃。手を振るSNSスタンプ。病室の枕元のキス。縁切り神社の絵馬。卒業式の合唱。船から港へ延ばす色とりどりのテープ。棺に入れた花。夢報せ。店を訪れる人はまれだったが、みな自分にふさわしいさようならを求め、棚を真剣に吟味した。
 もっと稀に他人のさようならを求める人もいて、今日の少女は隅の棚から小さなロッカーの扉をやっと探し当てた。
 開けた向こうは十五年前の冬で、少女によく似た若い女性があちら側から赤ん坊を中に差し入れる。赤ん坊は何重にも包まれ、顔だけ出して眠っている。女性が戸を閉める寸前、彼女と少女の目が合う。女性がか細い声でごめんねと言い、戸が閉ざされたとたん、全てはかき消え、残ったこちら側の戸の前で少女の涙がいつまでも止まらない。
081:ハイヒール

081:ハイヒール

 森屋敷の若主人は、川屋敷の令嬢宛の恋文をこっそり使用人に持たせた。両家は仲が悪く、大っぴらに付き合うことは御法度だったのだ。
 もちろん、使用人には因果を含めるだけでなく交換条件も出してある。使用人は難しい文章などとうてい書けないが、ある程度読むことはできる。そして、同じく仲介役の川屋敷のメイドに恋している。若主人は、使用人からメイド宛の恋文を代筆してやり、主人たちの手紙と合わせてやり取りすることを認めてやった。
 とはいえ、若主人は内心ほとんど面白がっていたのだ。野暮そのものの使用人の口から君は花のように美しいだの瞳が星のようだだの聞かされるわけで、毎回笑いで筆が震えるのを抑えるのに苦労した。
 かくて御主人様のと自分のと二通の手紙を持った使用人は、川屋敷にたどり着くと、いつも通り裏木戸近くの木のうろに手紙を隠し、静かに立ち去った。やがて姿を現したメイドが二通の手紙を密かに回収する。メイドは使用人からの手紙――封筒入りで封印まで推された若主人のと違い、折られただけの紙――にちらっと目をくれると、おざなりに開いただけでくしゃりと丸めた。そして若主人からの手紙を令嬢へ届けに行きがてら、丸めたほうをさっさと暖炉へ放り込んでしまった。
 実のところ、使用人からの手紙は彼の手で特殊な形に折り直されていた。それはメイド宛の暗号であり、折られた形でもって情報を伝えるのだった。つまり万一見つかっても稚拙な恋文としか思われず、くしゃくしゃにすれば折れ跡も隠してしまえる。要は、メイドも使用人もスパイなのだった。
 今回の折り方は「動きあり、そちらはどうか」。代々政治の要職を担ってきた両家のどちらかへ国の重要書類が渡る時期なのだ。令嬢の舞い上がりぶりに笑顔で合わせながら、メイドは昨晩からぴりついている当主の枕元の文箱を伺う手順をおさらいしている。
090:イトーヨーカドー

090:イトーヨーカドー

 人類はロボットに追い詰められ、滅亡の危機に瀕していた。とはいえ反乱ではなく、広い意味で人類が望んだ結果ではあった。
 当初は戦争用の自律式兵器だ。敵方での使用が確認されるやもう一方も自陣にそれを導入し、とめどない殺し合いになる。戦況が長引くにつれ、致命傷を負った兵士や民間人に対して安楽死ロボットが使われるようになった。情勢は混沌の一途を辿る。鹵獲された自律式兵器がかつての味方側に照準を合わせ、ハッキングを受けた安楽死ロボットが周囲の人間を無作為に狙う。
 かくて、程なくどの陣営においてもロボットは「敵意ある敵」「敵意ある味方」「慈悲ある味方」「慈悲ある敵」の四通り以外の意味を失い、そのいずれもが人間狩りにおいて等しく勤勉だった。
 さして長くもない成り行きのその果て、人類史最後の一人の傍らに控えるのが正常な安楽死ロボットだったのはさすがに神の慈悲かもしれなかった。もはや生きる意欲とて無く執行を待つ彼/彼女の目に映るのは、荒れ果てた市街を割ってしたたるばかりに伸びゆく植物、そして「万物の霊長」に目もくれずに傾いた廃デパートを闊歩する動物たち。終わったのではない。始まったのだ。単に人類抜きで。
 最後の一人がいなくなり、標的を失ったロボットたちも同時に終わりを迎えた。
044:バレンタイン

044:バレンタイン

 ある村に、みんなから馬鹿にされる男がいた。動きや言葉がすこしゆっくりしていて、みんなは寄るとさわると彼の陰口をささやいた。
 だが優しい人もいて、隣のおかみさんはこっそり飴をくれたし、向こうの若者は人目のない時に刈り入れを手伝った。村外れのじいさんはもう亡くなった彼の両親の話をいつもしてくれた。庄屋の家の娘は馬小屋を掃除させては駄賃を多めに握らせた。
 ある時、彼はその人たちに藁と花を編んで手製の胸飾りを作った。ゆっくり作ったので、きれいな飾りがいくつもできた。それを彼は一日かけてゆっくり配った。
 次の日から、彼への陰口はぴたりと止んだ。村人は一人残らず、その飾りを胸に付けていたのだった。
095:ビートルズ

095:ビートルズ

 どうしようもなく参った時に楽器を作っては鳴らしているので、彼の家は楽器だらけだ。仕事が終わらない時。人ともめた時。三日連続で終電を逃した時。呻きは笛となりすすり泣きは弦となり歯軋りは打楽器となり、声色でなく音色でもって空気を震わせた。
 住んでいるアパートが区画整理で壊されると決まった夜、彼が紙箱で作った輪ゴムギターの音に、アパートじゅうから楽器たちの音が和する。トランペットは隣人だし、鳩笛は下の階の老人だし、手拍子は若夫婦だし、瓶を叩くのはたぶん大家だ。
080:ベルリンの壁

080:ベルリンの壁

 牢があった。
 夜の長い国で、冬は人を押し固めるような寒さだったが、牢はあたたかだった。羊毛を分厚く貼った石壁の内に、囚人たちは日々を過ごした。
 国の王が無慈悲だったので、牢は逆らって捕らえられた者たちでいっぱいだった。看守たちは囚人のために日々ジャガイモと肉と野菜を茹で、晴れた日は外でボール遊びをさせ、夜は襲撃者の無いようがっちりと鍵をかけた。そして王の役人たちに、囚人はひとりも逃げていないと告げ続けた。囚人たちもそれをよく知り、看守の前では決して外とやり取りしなかった。
 夜も昼もなく真っ暗な季節も深まったある日から、囚人たちの夕食の皿に赤い実が乗る。看守たちが牢の庭から摘んだナナカマドの実で、囚人たちは十二月に入ったことを知る。
 クリスマスの夜、皿にはヒイラギの葉と実が乗り、クリームの塊がつく。看守たちは、囚人に雪で冷やした飯を食わせているのだと報告する。
 晩餐のあと、石の廊下には看守たちの静かな合唱がこだまする。Adeste Fideles。囚人たちは物音も立てないので、今年入った看守のテノールは独り言のようだ。
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