小噺帖

極小一次創作。よそで作った三題噺や都々逸の一時的集積所。
極小一次創作。よそで作った三題噺や都々逸の一時的集積所。
051:携帯電話

051:携帯電話

 会社で新作アプリがローンチとなり、不具合等々の対応のため、ただでさえ遅い私の帰宅時間はここ二週間ばかり遅れに遅れている。ともあれその甲斐あってかアプリのDL数も評価も順調に伸びており、ようやく落ち着いた週末、今日はチームで打ち上げに行こうと話がまとまった。
 うきうきというより安堵して仕事を片付けていると、スマホからメッセージ着信音がした。
 ホーム画面を見ると、新着1のバッジがついているのは見覚えのないアプリだった。アイコンは茶色一色で、名前は「いぬ」だけ。
 どきりとして開くと、SMSに似たメッセージ画面。発信者のアイコンは、ついこの間撮った私の犬……日々、ほぼ一日中留守番を強いられている犬だ。
 メッセージはただ一行。
〈まま。はやく。かいってきて。〉
 一時間後。亜音速で帰宅したた私の膝の上で愛犬がくつろいでいた。打ち上げなどどうでもいい。この子に比べれば。
 が、愛犬といちゃつきながらどこかで気になるのは、あの謎の犬アプリのことだ。

 さっき閉めたカーテンの向こうのガラス戸には、この犬の肉球跡が大量にあるわけだが、その意味に私はまだ気づいていない。