小噺帖

極小一次創作。よそで作った三題噺や都々逸の一時的集積所。
極小一次創作。よそで作った三題噺や都々逸の一時的集積所。
#秘密基地への旅

#秘密基地への旅

 森の奥の小屋は半地下だ。地面から緩やかにつながる土の屋根は草むして、外からは丘としか思われない。よほど寄らねば叢に隠された扉には気づかぬし、まして中の微かな話し声は耳に留まらない。
 それが若い男女で、女が持参した材料と帳面を押しつけて調理をせがんでいるとあれば、睦まじい恋人かきょうだいと思うところだが、客人の娘の顔面には引き裂いたような古傷が走り、薄汚れた着物のベルトに差した蛇体と呼ばれる鉄鞭には血の跡が残る。小屋の主たる若者も小柄でにこやかと思いきや、簡素な衣服の下の身体は細く締まりきっている。

 若者は単独行の山駆け忍びだ。峰を越え渓を渡り道なき道を辿り、人や物や報せを運ぶ。主人は持たぬがその時々の雇主の契約と期待を裏切ったことはなく、その時々の敵方の追跡と妨害は実ったためしがない。今日も深い森を二十里抜けて北の国の密書を届けてきたところだ。
 その大仕事に洟も引っかけず料理をせがむ娘は帝国雇われの戦忍びだ。まつろわぬ街街に入り込んでは警備の弱点を暴き、すぐさま軍を引き込む手口だ。ために滅んだ街は十指に余るどころでなく、犠牲者はもとより数える気もない。
 娘の持ってくる材料と帳面は、直前に滅ぼした街で食べた郷土料理のものだ。こうして味と材料を覚え、料理の得意な若者に作らせる。
 もうこの世で彼女の舌と帳面にしか残っていない料理たちだが、それすら彼女の記憶と彼の推測による不完全なモドキであり、さらには記録されぬまま消えていった料理のほうが圧倒的に多い。そのことは二人の一抹の悲しみだ。なにせ二人して、食べるのが唯一の楽しみなのだ。
 とは言え二人の共通点はそれくらいで、特段の仲良しでも味方でもない。いちおう同郷でもあるが、その故郷も思い出にならぬほど遠い昔だ。

 故郷の村は二人が幼い頃の戦で消えた。どこかの軍が村人をみな捕らえて広場で数組に分け、最初の組が穴を掘らされ中へ座らされ、そこへ次の組が土をかけてその上を歩きまた穴を掘り、その中へ座らされ……最後の穴を軍が埋めてその上を歩き去り、誰もいなくなるのを、どうしてか藪に逃げおおせた二人は黙って見ていた。
 村でも別に知り合いでない二人だったから、その後もばらばらに育った。生き残りの村人に捨てられた女の子は戦忍びに拾われ、売られて逃げた男の子は山駈け忍びの集落に迷い込み、今に至る。
 女の子が与えられた蛇体という鉄鞭は扱いが難しく、慣れぬうちは自分の顔を裂きもしたが、最初の街を滅ぼす頃には手に馴染み、非常時に大層役立っている。他方男の子は山々や敵陣に放り込まれ、遭難や脱出を繰り返した。その過程で野草やら昆虫やら木の実木の芽茸、死んだ人間までさばいて食べたが、今日まで食中りくらいで祟りはない。

 ともあれ帳面を膨らますばかりで料理の腕を振るう機会のない娘、包丁遣いは鮮やかだが食材に恵まれぬ若者はとある現場で再会し、以来こうして時折会っている。
 前述の通り、意気投合でなく利害一致の二人だから、それ以上助け合うことはない。今回の料理は若者が直前に旅立った北の国の街のものだし、運んだ密書の中身は帝国軍に対する大規模反乱の檄文だ。が、香り高いシチューをすする二人は気にも留めないし、戦そのものが二人には無意味だ。
 畢竟、相手の身体にもお互い興味はない。娘は無粋な男共を蛇体でぶち砕いてきたし、若者は自分を強姦した輩を今のところ全員消している。火の粉は自力で払う心得だ。万一、相手が殺されでもすれば、殺した奴をどんな手を使ってでも殺すだろうが、その晩身を寄せ合って眠るのも単に小屋が狭いからだ。故郷の味は夢にも出ない。
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