#秘密基地への旅 | 小噺帖

小噺帖

極小一次創作。よそで作った三題噺や都々逸の一時的集積所。
極小一次創作。よそで作った三題噺や都々逸の一時的集積所。
#秘密基地への旅

#秘密基地への旅

 俳句アプリに写真が投稿された。
 どこかの寂れた港で、傾いた漁船の上をカモメが数羽舞っている。それもまた俳句で、TLは大盛り上がりだ。
 僕の開発した俳句アプリ「ホソミチ」は当初、過疎っていた。もともと練習用に作っただけで、題材を俳句にしたのも流行っていたからにすぎない。
 そんなわけでローンチ後は存在すら忘れていたのだが、どこかでバズりでもしたか、ある時期から海外の投句が急増した。大半はローマンアルファベットだが、ヒンディーやキリル、アラビア、タイ、その他分からない文字も。翻訳にかけてみると意外にも荒らしはほとんどなく、みな風景だとか日常を綴った短詩のていを成していた。むろん季語が無いものも多く、五七五が守られているかなど僕には検証しようもないのだが、それでも僕のアプリに投稿される無数の誰かの日々はどこか慕わしいものだった。
 こうして僕からは特段手を入れるでもなく、しばらくは思い出した時にTLを確かめるに留めていた。
 が、その間に何らかの乗っ取りがあったらしく、ある日Ver.2.0が配信されていた。見ると文字の他に写真や音声の投稿機能が新設されている。ただのSNSじゃないかと一瞬思ったが、文字・写真・音声はおのおの単独でしか投稿できない仕様で、TLを見ると写真や音声も俳句として扱われていた。
 写真は道端の景色、誰かのスナップ、身近な静物。音声は短詩の朗読、あるいは手近な楽器で弾いたワンストローク、鼻歌や口笛なんかも。もはや俳句の定義すら怪しいが、詩情を感じさせるものが詩であるならば、こここそが詩の最前線ではないか。
 が、新たに出現したVer.3.0は気配がおかしかった。匂いや味、触覚が投稿可能となったのだ。
 さっそく誰かが投稿したらしい匂いをひとまずタップすると、どういう理屈か最初はインド料理屋のレジ横のスパイスに似た香りから、最後は森の中のような匂いが鼻を抜けた。寡聞にしてそんな感想しか出ないが、確かに何かの景色が浮かぶ感じで、ユーザーにも好評だ。かくて匂い・味・感覚も、従来の文章・画像・音声と共に俳句として市民権を得た。
 この頃からだ。投稿の一部に、翻訳不能な文字や地球上と思えない風景写真、奇怪な鳴き声(?)が現れ始めたのは。匂いや触覚は試す勇気がない。直近のVer.4.0は第六感が投稿可能だ。