卓上の古い天気管にひどい結晶ができている。夕方、雲が怖いような勢いで流れていたので、やはり嵐が近いらしい。
山の上の砦は砦というより小屋で、屋根が鳴りっぱなしのぎしぎしの奥から風音がうねり寄せてくる。もう慣れたことではあるが、時折それがひときわ強くなるのはまだ恐ろしい。そんな中で天気管の結晶の葉脈は信じられないほど精密だ。あまり覗き込むなよと先輩が言うが、見ていれば気が紛れるので、僕は細い一筋一筋を目がつりそうになるまで覗き込んでみる。
と、葉脈がざわりとそよいだ。いや、それはそもそも結晶なのだが、しかし葉というよりは羽毛に似たそよぎで、いや羽毛というよりむしろ翼で、その翼がほどけて顔が現れた。
巻毛のうつくしい子供の顔だ。
それがにっと笑い、翼が再びそれを覆い隠し――ひときわ大きな風が砦を揺らしたはずみにランプが消えた。
恐慌をきたした僕に構わず先輩が点け直したランプの灯の中、天気管の結晶はほとんど消え去り、台風一過を示していた。
だから覗き込むなと言ったろう。ランプを机に置き、先輩が冷めた目で言う。あの、あの、天気管を指さして言葉の出ない僕に、そりゃ空模様を見る道具だから空の中の連中も見えるさと先輩は事も無げだ。