#秘密基地への旅 | 小噺帖

小噺帖

極小一次創作。よそで作った三題噺や都々逸の一時的集積所。
極小一次創作。よそで作った三題噺や都々逸の一時的集積所。
#秘密基地への旅

#秘密基地への旅

 遊園地の一番人気は街並再現エリアだ。昭和やら江戸でもなく、外国でもない、ただの住宅街が1ブロック再現され、人々はどの家にも自由に入っていける。家の中には家財道具がひと揃い、それも食器はシンクの食器かごに立てられ、学校のお知らせが壁に貼られ、まるで今まさに誰かが住んでいて留守にしているありさまだ。人々はそんな「誰かの家」をそぞろ歩き、「誰かの暮らし」を垣間見、「誰かの気配」をなでさする。僕の気に入りは奥から二番目の家の押入れだ。上の段の布団に寝転ぶとサッシ戸を通して六畳間に日光が落ちる。実家は完全にフローリングだったから、そのむかし行儀が悪いと眉をひそめる母の目を盗んではベッドの中で駄菓子を食ったその匂いが蘇るのは不思議だ。
 とは言え今は勤務中なのだ。僕の仕事こそは、この家々に住み込んで、人々がいじった家財道具をそれとなく「自然な」「誰かの家」の状態に戻すこと。ただの住宅街と言ったが、この街並をそう思うのは僕の世代までだろう。少子化と独居が進んだ現代、家族の暮らしなどもはやレアケースだ。僕が今そっと戻した座卓の上の湯呑みの柄は、実家のマグカップよりも鮮明で近しい。