小噺帖

極小一次創作。よそで作った三題噺や都々逸の一時的集積所。
極小一次創作。よそで作った三題噺や都々逸の一時的集積所。
070:ベネチアングラス

070:ベネチアングラス

 帝国に併合された小国の宝石細工師たちは、恭順と慶賀のしるしとして地元特産の石を使ったネックレスを皇后に献上した。
 様々な大きさの石が不規則に並んだネックレスの出来栄えは見事だったので、皇后は喜んでそれを受け、公の場でたびたび身に付けた。
 その姿は旧小国の民の間で瞬く間に評判となり、皇后は一躍人気となった。
 皇后は宴席を設けて宝石細工師たちを招き、礼を述べるとともに新しいネックレスを発注した。
 皇后が直々に石の並びを考えたというその意匠に、細工師たちは青ざめた。――皇后は口にこそしていないが、実のところ、最初のネックレスの石の並びは不規則どころか旧小国の国歌の歌詞を置き換えたものであり、今度の発注は帝国の国歌だったのだ。
 客人たちの顔色を見てとった皇后は美しく微笑み、難しいならこちらでもよいと言ってもう一枚の意匠……旧小国の民謡の歌詞の並び図を出した。
 細工師たちが固唾を飲む中、細工師長は確かに承りましたと微笑み、意匠図を二枚とも手に取った。
 その後、ネックレスは一本だけ納品された。皇后は全ての細工師を立ち会わせてネックレスを確認し、その並びが帝国国歌であることを見て取り……さらに仔細に点検し、泰然と微笑した。
 今度のネックレスの石そのものの並びは帝国国歌だ。が、石は一つ一つ、それぞれ中に異なる物質が混ざり込んだインクルージョンだった。その並びこそもうひとつの意匠、旧小国の民謡なのだった。
 皇后は、見事である、褒美を取らせるであろうと述べ、ネックレスの石を貫く鎖を静かに引き抜いた。
 訳を知らぬ側近たちは首を傾げたが、細工師たちは息を呑んだ。「鎖を抜く」とはそのまま、旧小国の言い回しで「自由の身とする」の意である。

 その後、繋ぎ直したネックレスもまた皇后の御愛用となり、旧小国は自治領として長く続いた。