小噺帖

極小一次創作。よそで作った三題噺や都々逸の一時的集積所。
極小一次創作。よそで作った三題噺や都々逸の一時的集積所。
髪

 人の一生分の髪を全て繋げた長い長い一筋を持たされている。周囲は天地とも灰色で、柔らかいようでも味気ないようでもある。暑くもなく寒くもなく、音もなく静かでもなく、周囲を遠くに囲む地平線のほかは、手元にただ一筋の髪があるきりである。
 この髪を手繰ってずっと歩いている。初めに持たされた一端は赤ん坊のそれだったか、蜘蛛の糸よりやわい手応えで空恐ろしかった。たどるほどにそれは次第に黒く、丈夫になっていき、稀に茶色くなったり白が入ったりしながら、今、手の中には艶やかに黒い一筋が続いている。
 先を見はるかすと、髪の先端は地平線のずっと手前で消失しているかのようだ。が、それは単に見えないだけで、実際の髪はまだどこまでも続いているのだと私は知っている。
 ふと髪から手を放し、一歩離れてみた。さらに二歩、三歩。
 髪が視界から消える。周りには地平線が一本きり。
 動悸が心なしか早くなった気がし、私は早足で三歩戻った。しかし髪は見当たらず、体内の心臓の音がさらに大きくなる。深呼吸し、空中をそっと手で探る。探り、探り、ようやく手の甲が細い一筋を捉える。深く息を吐く速度でそれを手に収め、再び歩き始める。――こちらの方向で良かったか? ふと余計疑惑が脳裏をよぎり、いやいやこちらしか有り得ないという事実を自分に言い聞かせる。
 この旅の終着点、つまりこの髪の持ち主がいくつまで生きる/生きたのかを私は知らない。彼/彼女のことも、果たして私と縁続きなのかどうかも私は知らない。髪はただ一方的に私の道を示し、あくまで黒く艶やかだ。