街で肩の当たった相手が貧弱なのを幸い、骨折した一万払えと吹っかけたらすぐ出した。内心ほくほくして受け取ると、相手は妙に明るい顔で実はもう二万あると言った。聞き返す前に股間へ爪先、鳩尾へ拳が入り、崩れ落ちる俺に、相手は百万貯金がある、さし当りATMで十万下ろすとあの笑顔で言ってのける。逃げようと虫のように這いずる俺の頭上へ、あっもう一万あったと晴れやかな声が降り、首筋にスタンガンが当たった。
山奥の叔父含め家族で婚約者と対面中だが、実感が湧かず相手の顔を盗み見る。端正な造作の為か叔父より年上な為か、私へ微笑む顔はまだ冷たく思える。やあ奇遇だ、彼は軍時代の部下でね。婚約者が叔父へ目を遣り、叔父がご無沙汰でしたと一礼する。その表情が常の叔父に似ず重いのも思い過しだろうか。
カモメカモメカチンカチンをカ抜きで言え。昔、女子を冷かした僕は「スモミスモミスパイスパイをス抜きで言え」という反撃に沈んだ。時経て今、息子の謎々「五千円札を百枚隠した場所は」に百葉箱と即答した妻は「一冊五千万円の本の題は」と吹っかけた。黙る子に「万葉集」と返す妻の笑顔は昔通りだ。
狐なので夏の帰省先は狐穴だ。所用で街に下る良人と別れ、鼠の天ぷらを提げて帰ると、巣立った弟妹もみな戻ってきている。集会が近いからで、天ガ下の狐をみな眷属とする総大将がこの山に来るのだ。総大将は普段人間の世界に暮らしており、しかと姿を見た狐はこの山にはない。先の大戦にも出たそうだ。
最近風呂の水の減りが早く、更に浴槽で冷やしていた西瓜が皮の切れ端を残して消えた。立ち尽くす眼前の浴槽からにょろりと小さな龍。聞けば隣が風水に凝って脈が通じ、この浴槽も水飲み場になった由。残り湯よりはと西瓜を出し続けたせいか予期せず高級果物ゼリーの中元が来たが何故か龍が物欲しげだ。
夢を見た。びろうどの椅子に女がゆったりと掛けている。口に運ぶ煙管と見えたのは薔薇の茎で、先端の蕾からは一息ごとに濃密な花の香がにおう。ついに噎せ返って目が覚め、サイドボードの水差しに手を伸べて気付いた。敷布の薔薇の刺繍がほつれて紅い糸がひとすじ、長々とベッドの枕頭まで伸びていた。
経営改革で極楽と地獄が合併、成功している。生前強欲だった金持が灼熱の厨房でボロ前掛一丁で作らされる料理を善男善女が味わい、その便所の先の糞尿地獄は功徳を積んだ蝿の極楽を兼ねる。成功も道理、これこそ現世そのもので、それに気付いて以来閻魔庁はこれら死者の行いをも来世の目安としている。
その村は建築物から行事風俗まで伝統の宝庫だ。が、どの世帯も五代前から昔の祖先は具体的な名前も家族構成も一切伝わっていない。家系図は散逸、古老の記憶も自らの祖父母辺りが限度で、まるでそこから村が始まった風だ。最近開発で伐採された近辺の巨木の年輪は皆、百五十年前付近が明らかに赤黒い。
祖父の日記は日々の雑感も俳句やスケッチもさらっと軽妙だ。が、次第に文も絵も別人のように仰々しく硬く変貌し、終り近く「見るな、見るな、見てはいけない」と殴り書きの後は憑物が落ちたように元の筆致だ。訊けば当時いた文芸愛好会全員が同じ症状で解散した日、巨大な烏が飛び去る幻を皆が見た由。
夢の中の物を決して持ち出すなとあれほど禁じたのに息子が小石を蓄えていた。死んだ妹が川辺で積み重ねる物だそうで、こちらで鬼どもに壊されずに積むのだと言い張る。あちらの物を持ち出したら替りに何かがあちらへ行くのだ。それが証拠に、私の左の目と耳が冥い河原で泣く娘に釘付けのまま離れない。