バイト先のカフェでへまをした。置いたコーヒーがお客さんの服に跳ねたのだ。よりによって真っ白なコットンシャツで、点々と飛んだ茶色は慌てて持ってきたシミ取り剤より手強かった。けれど平謝りの僕に、お客のおばあちゃんはあらいいのよ汚れてもいい服なんだからと笑い、クリーニング代をどうしても受け取らない。おばあちゃんのコーヒー代を無料にした店長に、あんなお客様ばっかりじゃないからねと釘を刺された、その数日後。同じ席に白いシャツが、続いてあのおばあちゃんが目に入った。同じようにオーダーされたコーヒーをさすがに震える手で運んでいった僕は、おばあちゃんのシャツにふと目を止めた。この前のと違って点々と小さな花の刺繍が……
「気がついた? これ」
おばあちゃんが笑う。コーヒー染みを隠して刺繍の花が咲いている。へええと声を出した僕に、おばあちゃんはいたずらっぽく声を潜めてシャツのあちこちを指差した。
「ミートソースに、お醤油に、泥」
確かに、その箇所の刺繍はこの間も見た気がする。
「だからね、ほんとは汚れるのちょっと楽しみなの」
おばあちゃんの囁きは世界の秘密を打ち明けるような声だ。