義眼
馬から落ちて片目を失くされた若様のため、殿様は高価な義眼をこしらえなさることにした。おれが隣の領地へ売られることになったのは、そうしなければ義眼造りに払う金がないからで、金がないのはお屋敷が実はとっくに貧しかったからだ。
若様はおれと友達のようにして下さったから、おれは若様のためなら構わないと思ったけれど、若様はずいぶんお泣きになり、せめて義眼をおれの目とそっくりにするのだとおっしゃって聞かなかった。最後は殿様が、義眼の材料は失くした目だから、こいつの目をくり抜かねばならぬぞと脅かし、ようやっとなだめられた。
できあがった義眼は、周りの明るい青から瞳の静かな茶までまるで元通りで、若様のお顔に収まると左右どちらが本物か見分けがつかなかったということだ。足元を見た義眼造りが前払いを要求したから、おれはもう隣の領地へ移されていたのだ。
そうまでして造った義眼なのに、その後数年で若様のお墓に納まってしまった。流行り病が領内を襲ったとき、若様は立てこもる代わり、領民のために文字通り手を尽くされ、倒れられたそうだ。
そう聞いていたのに、若様の義眼がこの場にある。
義眼造りがお屋敷に納めたのは、偽の義眼だったのだ。
義眼造りのこしらえた義眼は確かによくできていたが、本当に注文通りなら左右の見分けがつかないわけはない。
若様は両目の色が違う。残っている目は義眼のとおりだが、失くされた片目は、瞳の真ん中から左側が少し明るい茶、右側がほとんど黒に近い茶だ。
顔を寄せて見ないと分からないから、親しい者しか知らない。殿様はあまりお目が良くないし、お屋敷の鏡は曇っているから若様もご自分では分からないとおっしゃっていた。
だから、注文の時はおれも立ち合い、元の目のことを義眼造りへ事細かに話した。
義眼造りが言うには、若様の義眼を作っている最中、よその領地の奥方がたいそう気に入られ、ご所望になったそうだ。
――でも、この色はわたくし一人のものでなくては嫌よ。
その奥方はそうおっしゃり、法外な大金を置いてゆかれた。それに目がくらんだ義眼造りは、前払いを理由におれを遠ざけ、若様の無事なほうの目に合わせた義眼をお屋敷に届け、本物の義眼は奥方に渡した。
くだんの奥方は、ちゃんと両目が見えていらした。ただの気まぐれで、若様から目をお取り上げになり、それを終生持っていらした。
流行り病で亡くなるまで。
使われなかった義眼でも、奥方の手で触れられるうちに病が移る。
義眼は奥方の身体ではなかったから、奥方が亡くなった後も埋められず、形見分けでご家族の間を転々とし、病を移し続けた。
さすがに気味悪がられ、捨ててくるよう仰せつかったのが、そのお屋敷では一番新しい使用人のおれだった。
全てを話してくれた礼代わりに、おれは若様の義眼をはめ込んでやるつもりで、椅子にくくった義眼造りの片目をくり抜こうとした――
が、やめた。おれも病を持っているはずだから、これだけしゃべればこの男にももう移したろう。
だいいち、こいつに若様の義眼を使ってやる義理はない。
亡くなる間際、若様は、おれが領地にいなくてよかったと言われたそうだ。
そのお心遣いは無駄になったけれど、若様のおきれいな目には、もっときれいなものを見せてやりたいのだ。
※お題…写真参照(青猫亭たかあきさん提供)
若様はおれと友達のようにして下さったから、おれは若様のためなら構わないと思ったけれど、若様はずいぶんお泣きになり、せめて義眼をおれの目とそっくりにするのだとおっしゃって聞かなかった。最後は殿様が、義眼の材料は失くした目だから、こいつの目をくり抜かねばならぬぞと脅かし、ようやっとなだめられた。
できあがった義眼は、周りの明るい青から瞳の静かな茶までまるで元通りで、若様のお顔に収まると左右どちらが本物か見分けがつかなかったということだ。足元を見た義眼造りが前払いを要求したから、おれはもう隣の領地へ移されていたのだ。
そうまでして造った義眼なのに、その後数年で若様のお墓に納まってしまった。流行り病が領内を襲ったとき、若様は立てこもる代わり、領民のために文字通り手を尽くされ、倒れられたそうだ。
そう聞いていたのに、若様の義眼がこの場にある。
義眼造りがお屋敷に納めたのは、偽の義眼だったのだ。
義眼造りのこしらえた義眼は確かによくできていたが、本当に注文通りなら左右の見分けがつかないわけはない。
若様は両目の色が違う。残っている目は義眼のとおりだが、失くされた片目は、瞳の真ん中から左側が少し明るい茶、右側がほとんど黒に近い茶だ。
顔を寄せて見ないと分からないから、親しい者しか知らない。殿様はあまりお目が良くないし、お屋敷の鏡は曇っているから若様もご自分では分からないとおっしゃっていた。
だから、注文の時はおれも立ち合い、元の目のことを義眼造りへ事細かに話した。
義眼造りが言うには、若様の義眼を作っている最中、よその領地の奥方がたいそう気に入られ、ご所望になったそうだ。
――でも、この色はわたくし一人のものでなくては嫌よ。
その奥方はそうおっしゃり、法外な大金を置いてゆかれた。それに目がくらんだ義眼造りは、前払いを理由におれを遠ざけ、若様の無事なほうの目に合わせた義眼をお屋敷に届け、本物の義眼は奥方に渡した。
くだんの奥方は、ちゃんと両目が見えていらした。ただの気まぐれで、若様から目をお取り上げになり、それを終生持っていらした。
流行り病で亡くなるまで。
使われなかった義眼でも、奥方の手で触れられるうちに病が移る。
義眼は奥方の身体ではなかったから、奥方が亡くなった後も埋められず、形見分けでご家族の間を転々とし、病を移し続けた。
さすがに気味悪がられ、捨ててくるよう仰せつかったのが、そのお屋敷では一番新しい使用人のおれだった。
全てを話してくれた礼代わりに、おれは若様の義眼をはめ込んでやるつもりで、椅子にくくった義眼造りの片目をくり抜こうとした――
が、やめた。おれも病を持っているはずだから、これだけしゃべればこの男にももう移したろう。
だいいち、こいつに若様の義眼を使ってやる義理はない。
亡くなる間際、若様は、おれが領地にいなくてよかったと言われたそうだ。
そのお心遣いは無駄になったけれど、若様のおきれいな目には、もっときれいなものを見せてやりたいのだ。
※お題…写真参照(青猫亭たかあきさん提供)