小噺帖

極小一次創作。よそで作った三題噺や都々逸の一時的集積所。
極小一次創作。よそで作った三題噺や都々逸の一時的集積所。
083 雨垂れ

083 雨垂れ

猟師が縁側で鉄砲の手入れをしていると、庭先へ訪う者がある。
顔をあげると見知らぬ若者が立っていた。この奥の櫟の下に住む者ですと言う言葉に思い当たるものがあった。狐御前とあだ名の変わり者が住まう小屋だ。大小の狐がしきりと家へ出入りするのを見たという話もいくつかあり、彼もあるいは同類かと疑う者は多かった。
そろりと眉に唾して顔を盗み見てみたが、質素なれど人品卑しからず、物腰もやわらかである。いかな奇人とてそうそう悪さもすまいと、猟師は老妻に茶を頼んで招き入れた。
恭しく三つ指ついて彼のいうには、
――明日の午、この裏の山に日なた雨が降ります。わたくしの義理の妹の嫁入り行列でして、一刻足らずで止みましょうから、その間は何卒お情けを賜りたく。
いかさま名高い狐御前。キの字か、はたまた誠に狐のキかと訝しんだが、若者のそぶりはいかにも必死で、髭やら尻尾の覗く風もない。
――わたくし、巷では狐御前と呼ばれておりますようなれど、物の怪の類いではございません。たまさか狐の隣に宿借りし、明け暮れ共にしておるだけでございます。狐も近頃の人の言葉は解りませず、やむなくわたくしに頼んでまいった次第にて、何卒。
と畳へ頭をすりつける若者へ、煙草の煙を大きく吐いて猟師がいうには、
――明日はこの村も祝言で、わしら猟師も一日鉄砲を持たぬ。嘉き日はお互い様、裏山には屹度入らぬよう、皆に申し伝えようほどに、安心めされよ。
ぱっと愁眉を開いた若者は幾度も頭を下げ、丸々膨れたあけびの実をどっさり置いて去って行った。

あくる日は婚礼とて村中総出で宴たけなわの頃、どこからかさあっと雨音。
見ればさんさんと照り渡る中、裏手の山にだけ雲がかかり、白糸の雨足が光っている。
ははあ、鉄砲撃ちの爺様の言うとおり今日は狐もお嫁入りかと皆がゆかしく眺める横で、雨雲を睨めつける若衆いくたりか。剣呑な目も道理、振舞い酒がしたたか回った上に花嫁御寮は村一番の器量よし。負けて悔しい花いちもんめ、代わりに狐の嫁を頂こうとばかり、浮き立つ村を皆で抜け出し、鉄砲片手に裏山へ分け入った。

だんと山際に銃声。

さっと宴座が凍りつく。今日は殺生禁止のはずと辺りを見回せば、血気ざかりの若者の姿が残らずない。
すわとばかりに男総出で裏山へ入れば、青ざめて口も利けない若衆の足元、煙のくすぶる鉄砲と、仰向けに倒れた狐御前。
南無三、遅れた。 歯を噛むばかりの一座の前へ見慣れぬ若い娘が飛び出し、動かぬ狐御前に取りすがった。
まるで表情のない顔とはうらはらの身を裂くような泣き声で、一座は彼女が狐と知り、狐御前の妻と察した。
――良人は妹をかばって撃たれました。わたくしども狐とつながる唯一人の人間を亡くしましたうえは、向後狐はこの地を離れ、二度と姿を見せますまい。
娘の言葉と共に、辺りの藪からいくたりかの男が現れて狐御前を担ぎ去り、そのまま戻らなかった。
細い雨はその日いっぱい裏山を濡らし続けた。

爾来、その地で狐を見ることは絶えて無い。
狐御前が持ってきたあけびの実はとろけるように甘かったが、村人たちがどれだけ山を歩いてもあれほどの実にはついぞ行き当たらず、その場所は狐しか知らないに違いないと皆々口を揃えて嘆息した由である。
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