川沿いの土手で足を止め「秘密基地への旅」というアプリを開く。
本日の歩数、9173歩。万歩計だ。
このアプリには育成ゲーム機能が付いている。仮想の秘密基地を作れるのだ。
歩数をそのままゲーム内通貨として、建物のパーツや家具を買える。壁から棚、小物に至るまで家一軒が丸ごと揃う。
貯めた歩数を幾らか使い、屋根を買った。和風、洋館、民俗調、SF風、あらゆるパーツが並ぶ中、私が選んだ屋根はよくある瓦葺きだ。壁も窓も引戸も今の流行りとは程遠い。が、これでなくてはならない。
スマホをポケットに突っ込み、夕暮れの土手を歩く。残り827歩。家路に丁度いい。
このアプリにはもう一つ特徴がある。その日の歩数が10000にならねば、どれほどパーツを買おうと自分の秘密基地へはアクセスできないのだ。
私の作る秘密基地は、私の生まれた家だ。
何十年も前に空襲で焼けた家だ。
健康のためにと孫が入れてくれたアプリは、思い出でしかなかった故郷をこの手の中に生んだ。
いつの日か10000歩の果てにその家へ、亡くした人々へ、辿り着けはしないだろうか。目を細め、私は夕陽の先を見据える。