公園で知らないおばあちゃんに声をかけられた。この木に上るのでハシゴを押さえて欲しいという。
手押し車から出した折り畳み式のハシゴをおばあちゃんは危なっかしい足取りで上る。僕は続いて、言われた通りに板切れを、座布団を、寝袋を枝の上へ手渡す。意外な重装備に舌を巻く思いだ。
丹念に角を落とした板切れをおばあちゃんは枝へ渡し、座布団を敷いて腰を下ろす。巻かれた寝袋は肘掛けそっくりだ。
最後に、小さなピアノのような楽器を手渡すと、おばあちゃんはありがとうと微笑んで鍵盤を指で弾いた。澄んだ音がオルゴールに似ている。
楽器はカリンバというそうだ。大昔、亭主と別れた日に買ったの。おばあちゃんは言った。
――世間知らずのくせに生意気だって言うのよ。出てけって言われたから、出てきたわ。
さすがにどうしようかと思ったけどね、閉まりかけの市場でこれを見つけて鳴らしたらどうでも良くなっちゃって、とおばあちゃんは笑う。
頭上でカリンバが鳴る。木の声にも聞こえる。夕暮れ、巣に帰った鳥たちが鳴く声もそんなふうだった。
――その日以来、世界中が私の家なの。外は大好きよ、風がきれいで。