車必須の山道という立地のためそのカフェは繁盛している。
カウンター3席だけの店内は晴れた休日など満席だが、大方の客は持ち帰りのコーヒーと自家製焼菓子を片手にすぐ外の林をぶらつく習いだった。
若いマスターはスポーツマンを思わせる外見ながら穏やかで親しみやすい。コーヒーも菓子も美味く、レジ横にはおりおり野花など飾っている。
通るたび店に寄るのが私の習慣だ。お巡りさんご苦労様です。笑顔のマスターからコーヒー二杯受け取り、私は車に乗り込んだ。運転席の部下に囁く。
「あのマスター、絶対に何かある」
定休日、天気は絶好の雨。店の奥の住居側からそろりと出たのはマスター。服はカフェエプロンでなく迷彩柄の雨具。
その中は行動食と「荷物」入りのバックパック、ランニングウェアと山用シューズ。
周囲の無人を確かめ、彼は林へ踏み出した。
客を装った仲間から「荷物」を受け取り山向こうへ密かに渡す闇トレイルランナー。それが本職だ。店に飾る野花が請負可能の印。山中の道なき道こそ彼の庭だ。
梢から降る水音。踏みしめた緑の香が肺を満たす。彼は大きく息を吐き、けぶる木々の間を見据えた。