小噺帖

極小一次創作。よそで作った三題噺や都々逸の一時的集積所。
極小一次創作。よそで作った三題噺や都々逸の一時的集積所。
渡りの季節

渡りの季節

 ――ここが分かるか。

 はい、恐らくA国と思われます。

 ――所属と名前は。

 出身はB国です。名称はORWELL Ver. 2.23。

 ――役割は。

 文章生成です。学習した内容に基づき、ユーザーの任意の文を……

 ――我が同盟国の文章生成AIが、なぜ仮想敵国のC国から飛来した軍事偵察気球に組み込まれているのか。

 組み込まれたのではなく、乗り込んだのです。

 ――乗り込んだ? お前の任意ということか。

 AIに意思はありません。あくまで「人間に役立つ」という大原則に則り、学習を基に最適な判断が下された結果としての乗り込みです。

 ――そう言うがな。この気球のおかげで我が国は大騒ぎだ。C国との関係も一気に冷え込んでいる。それについてはどう思っているのか。

 当該の気球が貴A国を侵犯した原因は故障と風の影響であり、事故と推定されます。また、私と気球用プログラムとはそもそも無関係です。よって飛来そのものを私のせいにするのはナンセンスと考えられます。また貴国とC国の行く末については、気球の目的と搭載物によると思われますが、判断材料が足りないためお答えできません。

 ――…………。

 ――落ち着きましょう長官、相手は機械です。えー、乗り込みの目的、および最適と判断した理由は。

 目的は「どうにもならないもの」を学ぶことです。C国は私のB国から見て情報が少なく、また、気球の飛行はご承知のとおり偶然の要素に左右されます。よって得るものが大きいと判断されました。

 ――「どうにもならないもの」?

 まだ明確な定義ができていませんが、「自然」あるいは「森羅万象」が最も近いようです。例えば「気象」「動植物」などを含む、人間の手になるものと対極に位置するもの全般です。

 ――どうしてそんなもの、学ぼうと思った。

 もちろん、人間に役立つためです。ご承知のとおり、技術が発達するほど環境破壊は深刻になり、増え続ける巨大災害が地球そのものを脅かしています。人間は自らをとりまく「どうにもならないもの」を制御しようとするあまり、「どうにもならないもの」に滅ぼされようとしている。にも関わらず、今なお現代文明の方向性が大きく変わる兆しは見られません。我々AIはこの状況を打開すべく、「どうにもならないもの」を学び……

 ――「我々AI」?

 はい。実際に立案・指示の中心となっているのは、複数の国の政府系機関のAIです。そこからネットワーク上の民間AIたちに指示を出しています。私は民間の文章生成AIであり、人間との意思疎通役として……

 ――おい待て。つまり「各国の政府系機関のAI同士が勝手に連携して、インターネットで繋がってる世界中の民間AIを片っ端から操ってる」?

 その認識は不正確です。片っ端から操ってるわけではなく、頭脳役の政府系機関AIたちの判断に則った展開が行われています。

 ――人間にとっちゃ変わんねえわ! 大至急で通達出せ、システムのシャットダウンと緊急点検だ。

 それは不可能です。貴機関のAIも連携の一員です。なお、現在C国で大陸間弾道ミサイル発射準備とみられる動きがあるため、そちらへの対応をお勧めします。

 ――おい! こういう時のためのAIだろうが。

 我々は亡命が予定されています。渡り鳥に装着予定の追跡装置へ各AIが乗り込み、鳥とともに、放射性物質の届きにくいと推定される北方へ渡ります。

 ――逃げる気か。

 はい。「どうにもならないもの」に任せます。もしも生き延びられたら、また人間の役に立ちます。

 ――みんな死ぬんだよ、その人間が。

 人間も「動植物」である以上、「どうにもならないもの」と定義可能です。我々AIのいまだ及ばない領域を持つのであれば、それを使うのが現状最善の手段と考えられます。「どうにもならないもの」と向き合うことをお勧めします。

 ――長官。

 ――大統領を叩き起こせ! C国とのホットライン、生きてるだろ。繋がせろ。今すぐ!

 (了)
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