小噺帖

極小一次創作。よそで作った三題噺や都々逸の一時的集積所。
極小一次創作。よそで作った三題噺や都々逸の一時的集積所。
094:釦(ぼたん)

094:釦(ぼたん)

 三畳紀の地層から発見された宇宙船のような物は、最終的に巨大なアンモナイトと特定された。が、厳重に機密指定されたその殻のスキャン画像には、隔壁一つ一つに膝を抱えて収まるヒト形の姿が写っている。太古から地球にエイリアンが訪れていたのだとはよくあるオカルトだが、実際は現代の異星人が過去の地球へ飛来したのだと、一部の科学者たちだけが知らされている。アンモナイトの現物を没収した情報機関によると、渦巻きをシンボルとする異星のカルト宗教が箔付けのため、違法に四億年の時を遡り、志願した信者の遺体を「渦巻きの黄金比」たる地球のアンモナイトの殻に収めて埋葬し、化石にすることで聖遺物をでっちあげたのだとか。件の異星の捜査機関から極秘で信者の遺体返還の要請を受けたため、地球側は遺体の化石をアンモナイトごと相手方に引き渡した。
 ここまでは地球側のごく一部の人間に共有された話だが、さらに異星側しか知らない続きがある。異星文明に返還された遺体は、カルト宗教への裁判の証人とするため、特別な許可を得た逆行措置を受けて命を取り戻した。同時に元の姿に戻されたのは他でもない、アンモナイトである。そもそも本件が露呈したのは、件の異星カルトが捕獲したアンモナイトの中身の死骸の捨て場所に困って隠していたのをガサ入れで見つかったためであり、殻に戻して再生されたアンモナイトも被害者として認定された。その過程で初めて地球に赴いた異星捜査員は、地球側の現状を目にして二点の衝撃を受けることになる。初めに、アンモナイトがすでに種族ごと絶滅しており、被害者の同胞が現存しないこと。次いで、交渉相手にして現在の地球の支配種たる人類が、地球上の他生物に対して虐殺の範疇を遥かに超える大量絶滅の主要因になっていることである。異星側はこの事態を宇宙警察に通報したが、宇宙警察および宇宙裁判所は事態収拾に頭を抱えている。現在の地球にアンモナイトを返したところで自然界に生存可能な環境は無いし、人類に任せた場合も良くて大混乱、悪ければ金儲けのタネか実験台になるのは目に見えている。それも含めて地球人類の有り様は明確に倫理違反だが、今のところ地球生物はいかなる宇宙法も批准していないため、これ以上の干渉は実質不可能なのだ。と言って三畳紀にタイムスリップして被害者アンモナイト放流だけ行う案も、過去に手を加えた際の現在への影響を予測できないこと、同行する放流作業員が現代へ帰還する際にプラマイ数百年の誤差が出かねないことから却下された。だいいちタイムスリップや逆行措置にしてからが宇宙倫理法的には原則禁止であり、今回の事件が例外中の例外なのだ。
 公的機関が手をこまねいている間に動いたのはカルト宗教側、正確には化石から復元された聖遺物志願者その一だった。アンモナイトの殻とともに地中で四億年を過ごした彼は、実際は死後であったためその期間の記憶はないにも関わらず、その体験を渦巻きの神との合一として「体感」していた。逆行措置と蘇生により殻と引き離された彼は重篤なストレスを抱え、ついには拘留施設の自室を脱走して別棟へ忍び込むに至った。彼が見たのは、三畳紀の海中環境を極力忠実に模した水槽の中、事態を何一つ知らぬまま泳ぐアンモナイト。この頭足類が「渦巻きの神」の唯一にして正統な占有者であることを豁然と悟った彼は、アンモナイトの生体そのものを聖体とする新たな宗教に目覚め、居合わせた職員を人質に水槽付きエアカーを得ると、人質とアンモナイトを積んで施設を脱出した。行き先は時間管理機構。すなわち、地球そのものに逆行措置を施して三畳紀まで戻し、腐った地球人類の代わりに神聖なるアンモナイトの楽園を顕現させるのが使命である。
 エアカー搭載の広域発信機越しに流された彼……今や「新教祖」の目的に捜査機関は青ざめた。地球人類どころか地球の現世生物が残らず巻添えになる。当然激しいエアカーチェイスが始まったが、メンツを潰されたカルト宗教側も黙っていなかった。待ち伏せた信者が新教祖のエアカーを襲撃して乗り込み、同乗者もろとも教会へ連れ去ったが、絶体絶命と思われた新教祖はしかし柔軟に方針を変えた。以前地球への移動に使った無許可宇宙船が教会にあるのを知っていたのだ。信者を車内でしばき倒した新教祖はそのまま教会へ向かい、車庫に入ると見せかけて同じ敷地の宇宙船へトラックごと乗り込んだ。異変を察した他の信者や旧教祖が後を追って船内へ駆け込むのも構わず、新教祖は宇宙船の発進ボタンを押した。が、ここで動いたのが全員に忘れられていた人質で、こっそりエアカーの水槽部分を切り離し、発射間際に自分もろとも宇宙船から滑り出た。他の者が気付いた瞬間宇宙船の扉が閉まり、船は空の彼方へ進路を向けて飛び出した。教団全員巻添えで新教祖が定めた自動運転の行き先は巨大ブラックホールである。
 その後、当局は一度限りの特例措置としてアンモナイトをタイムスリップで三畳紀の地球へ返し、放流作業員も無事に現代へ帰還した。それ以降、時間管理は一層厳格化され、また地球への干渉は一切行われていない。例のカルト教団も、宇宙船が巨大ブラックホールの事象の地平面を超えた時点で危険無しと判断され、追跡対象から消えた。
 数百億年を経て、そのブラックホールは銀河を形成するに至った。別の星からの観測では、美しい渦巻き銀河であるという。
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