小噺帖

小噺帖

極小一次創作。よそで作った三題噺や都々逸の一時的集積所。
極小一次創作。よそで作った三題噺や都々逸の一時的集積所。
うたよみん 俳句・短歌・琉歌まとめ2020

うたよみん 俳句・短歌・琉歌まとめ2020

俳句
この星も星座の一部冬菜切る

短歌
自粛要請直前 週末の前に終末来てしまいMIDSOMMARは君と貸切
昭和生まれが百億回は言っている「自粛ばかりでクルナウィルスだ!」
ネオワイズ彗星 彗星の時間にスマホ見ちゃってて空が曇っていて安堵する
自己実現できる奴らは滅びよと思う本屋の背表紙見渡し

琉歌(八八八六)
戦争を知らず 沖縄を知らず ニッポンを知らぬ 大人である
うたよみん 都々逸まとめ

うたよみん 都々逸まとめ

2018
地面のカナブン踏まずに避けて死にたい夜道をまだ歩く
ここから他にはどこへも行けず野花の写真が増えていく
覆って覆って覆った嘘がラナンキュラスの花になる
空の写真をさかさに置いて雲のみなもへ落ちてみる
胸の奥底ざわめく森をついぞ飼い慣らせずにいる
この頃何でも気に入らなくてきっと愚かになっている
生きるつもりはまだまだあるか? 穴の底から見える月
転んだ大の字姿のまんま空の青さを身に受ける
地獄三首 君は立ってる地獄の中に割れた大地が熱を吹く
〇〇〇〇 花は揺れてるこの世の果てにここと繋がる空は青
〇〇〇〇 歌が聞こえる今際の際にたゆたう血の海あたたかい
令和元年台風第19号 うねるサイレン呑む虎落笛空を巨大な龍がゆく
ほんとに食べたいのは何だっけトレーに冷えてくハンバーガー
死んでよかったねえおじいちゃん見なくて済んだね沈む家

2019
ヒトもやがては木になれるかな百万年後の新世界
ほんとに神様そう言ったのか戦火に焦げゆく世界地図
独りになりたい独りは嫌だほんとはおんなじ意味だった
下がってアガって下がって下がり上げ方分からず這っている
自分で自分に向けてる毒の回りが早いな? 早い 早い 早
いまだ人生死んではないな目線一ミリ上を向く
しょせん何者でもない僕だ澱も鎧も捨てろ 捨てろ 捨てろ
転職活動開始 そうか私(あなた)はもう行くんだな靴紐ゆっくり締め直す
〇〇〇〇〇〇 私無しでも潰れやしまいそうだやっぱり出てゆこう
鳥もそんなに自由じゃないねそっとオフするSNS
ビルも道路もみな呑まれゆけうねる緑が渦を巻く
そろっと後ろへ引っ込むようにぽつぽつ消してくアカウント
僕のアパート隣りはタヌキ下はイノシシ上はクマ

2020 コロナ禍
正月気分が体を抜けて便座へ落ちてく休み明け
雪の靴音かぶせるように雪が雪の音たてて降る
コロナ全国休校ニュース親が殺した子のニュース
人がそういうものではなくて彼女がそういう人なだけ
停滞ではない冬眠なのだ壁の向こうは春の風
無理と言うなとよく云うけれど僕はあんたがいなきゃ無理
たった一人の散歩の道は不要不急の花ざかり
マスク尻目にラーメン店へ並ぶ夢見る自粛中
雪が桜が病魔がふぶくレジャーシートはミモザの絵
その後の世界を知らずに去ったキミはほんとに幸せだ
ヒトの内部でウイルスたちも自粛している春嵐
「病気うつすといけないからさ」ほんとは怖くて辞退した
必要火急のあなたに会いに越える検問バリケード
ランディドノー ヒト無き街路のイヌネコハトのフンに加わるヤギのフン
昨日無かった野花が咲いたという天下の一大事
ばあちゃん外国知ってんだって「昔は『旅券』があってねえ……」
耐えて根付いていざ隙あらば伸びて這い出て空を向く
人類全員留守番させてコロナは世界を旅行中
散歩で作ってゆく「ここらではここにしかない花」の地図
カーテン通して朝陽は白くキミの居ない世界が始まってしまった
ミサイル 忘れないでね私のことも願い託した飛翔体
〇〇〇〇 この頃だーれも遊んでくれずノックみたいな飛翔体
産んで増やして地に満ちてみた神は褒めるかウイルスを
死別は他人事 その足元を軽々すくった生き別れ
ポストコロナと第二波そろい風も今夜は動かない
疲れましたよSNSに 吐き出す所もSNS
東京アラート巨大に赤く風も今夜は動かない
最小動作でゴキブリ叩くなるたけ怖がらせないよう
夜逃げみたいに荷物を詰めるステイホームの盆休み
いつまで怖がってりゃいいのかな道の向こうは花盛り
コロナに熱波が追い討ちかけてヒトじゃ世界は手に負えぬ
置かれた場所にはまだ飽き足らず花は遠くへ種飛ばす

2021
モノモノモノモノ溢れる部屋のどこかで私が死んでいく
震災十年 みんな誰かの誰かであった2011.3.11(ニイマルイチイチサンイチイチ)
ベッド/マシュマロ/八重歯

ベッド/マシュマロ/八重歯

久々によく分からない物を拾った。今回のよく分からない物は白く丸々太ってガラスのように固い。実は他にもヨタカと亀の中間くらいの声で鳴くよく分からない物と細長くて夕方頃に尖るよく分からない物を持っているのだが、ベッドの下に三つとも置いておいたら冬曇りの明け方にそっとコーラスしていた。
秘密基地への旅

秘密基地への旅

 車必須の山道という立地のためそのカフェは繁盛している。
 カウンター3席だけの店内は晴れた休日など満席だが、大方の客は持ち帰りのコーヒーと自家製焼菓子を片手にすぐ外の林をぶらつく習いだった。
 若いマスターはスポーツマンを思わせる外見ながら穏やかで親しみやすい。コーヒーも菓子も美味く、レジ横にはおりおり野花など飾っている。
 通るたび店に寄るのが私の習慣だ。お巡りさんご苦労様です。笑顔のマスターからコーヒー二杯受け取り、私は車に乗り込んだ。運転席の部下に囁く。
「あのマスター、絶対に何かある」

 定休日、天気は絶好の雨。店の奥の住居側からそろりと出たのはマスター。服はカフェエプロンでなく迷彩柄の雨具。
 その中は行動食と「荷物」入りのバックパック、ランニングウェアと山用シューズ。
 周囲の無人を確かめ、彼は林へ踏み出した。
 客を装った仲間から「荷物」を受け取り山向こうへ密かに渡す闇トレイルランナー。それが本職だ。店に飾る野花が請負可能の印。山中の道なき道こそ彼の庭だ。
 梢から降る水音。踏みしめた緑の香が肺を満たす。彼は大きく息を吐き、けぶる木々の間を見据えた。
俳句てふてふ 2020年度まとめ

俳句てふてふ 2020年度まとめ

小さい花小さい花にある宇宙
通勤のひと足ごとに花笑う
ウイルスをおもてなしせよ春嵐
春の塵コロナも季語になりたいか
花笑う道を選んで出社する
デデポッポウ姿確かめずにおかぬ
君たちはきょうだいですねヒナゲシよ

蚊よ頼む守れソーシャルディスタンス
ヒト以外みんなそろって大連休
意欲停滞あじさいだけをじっと見る
昼下がり夏のカラスは可哀想
猫に気を遣われる日の梅雨曇り
愛国とふ鎖国の中卯の花腐し
大正昭和平成令和おばあちゃん
あじさいは己が天下を誇らない
老いるって多彩なのかな紫陽花よ
見えぬからずっと憶えている彗星
空白く吹雪みたいな夏の雨
柴犬の顔で乗り出す塀のバラ
地元は豪雨あの川溢れるんだねえ
この夏は海に行きたい!(埼玉県)
空中は蚊の国鳥の国雲の国
蝋燭の透き通る時だけの沼
油蝉の真横で暮らす緊張感
あの梅雨は何だったのか油照り
かなぶんの一機墜落枕元
鳥か虫か獣かヒトか夜の声
四階も天空のうち南風
蚊と蚊と蚊ガールズトークする網戸
蚊のお腹カナブンのお腹見る網戸
冷房をお許し願うこの酷暑
セミの声まだ憶えてる夜の耳
かまきりの子が一丁前にかまきり
世界一の馬鹿へかぶされ雲の峰
まだ夏の季語使えそな夜の熱
もう梅雨と言えないのかな豪雨来る
炎帝猛る今年生まれた蚊の不幸
炎天下世界はソーシャルディストピア
虹の出る雨は稀です泥の靴

本当に秋は隣か開いた窓
故郷とは違う花咲く島にいる
声だけで顔は知らない秋の虫
リスのいる庭だ背中に木の実降る
白い靴触りたかった土用波
水棲に戻れと言うか小糠雨
霧雨のなか水中花のような人
龍の気で蛙は潜む山の淵
秋雨や密で秘密な傘とふ字
食事ウンチ食事休みの青虫や
何匹の龍潜んだか今日の淵 ※季語「龍淵に潜む」合わせ
貝殻の音の聞こえぬ歳になる
本当に出てくれたねえ名月よ
落ち込んでいたかったのに天高し
ビー玉をばら撒いたよな鴨の池
どうしても季語になる気のない地震

足先へ命を流す炬燵かな
オリオンのさやかに稔る梢かな
頼むからもう諦めろ冬の蚊よ
チョコレートは薬なるべし冬籠
電柱に冬鷺一羽灯りをり
ラジオ体操あお向きて青より見えず
両の手でかっさばきたし冬の雲
街じゅうの野良を呑み込む炬燵かな
ウイルスの鼓動聴きたし冬籠
秘密基地への旅

秘密基地への旅

 古い平屋だが、庭があったので借りている。
 猫の額のようでもちゃんと植物は育つと見え、にわか知識で植えたいくばくかのハーブも形になってきたので、どうしようもなく腹が立つ時は、ガラス戸を開けてぼんやり庭を眺めることにしている。
 座り込んだ目の高さは、ハーブの森と大差ない。その中に時折、ぼろぼろの人がたたずんでいるのが見える。
 私はそれをわるくちの神様と呼んでいる。ひとに嫉妬したり、仕事が上手くいかなかったり、どうしようもなく荒れた気分の時にだけ現れるからだ。
 わるくちの神様は何も言わず、眉ひとつ動かないので、何を考えているのか私は知らない。髪も服もぼろぼろのまま、じっと立っているだけだ。新しい服を置いてみたこともあるが、いつも手付かずのまま残されていた。
 だから最近の私は毎度、その足元のローズマリーを勝手に摘み、熱湯を注いだだけのお茶にしている。わるくちの神様もそれは飲むので、二人で黙ったまま、そよぐハーブの森を眺めている。
秘密基地への旅

秘密基地への旅

 公園で知らないおばあちゃんに声をかけられた。この木に上るのでハシゴを押さえて欲しいという。
 手押し車から出した折り畳み式のハシゴをおばあちゃんは危なっかしい足取りで上る。僕は続いて、言われた通りに板切れを、座布団を、寝袋を枝の上へ手渡す。意外な重装備に舌を巻く思いだ。
 丹念に角を落とした板切れをおばあちゃんは枝へ渡し、座布団を敷いて腰を下ろす。巻かれた寝袋は肘掛けそっくりだ。
 最後に、小さなピアノのような楽器を手渡すと、おばあちゃんはありがとうと微笑んで鍵盤を指で弾いた。澄んだ音がオルゴールに似ている。
 楽器はカリンバというそうだ。大昔、亭主と別れた日に買ったの。おばあちゃんは言った。
 ――世間知らずのくせに生意気だって言うのよ。出てけって言われたから、出てきたわ。
 さすがにどうしようかと思ったけどね、閉まりかけの市場でこれを見つけて鳴らしたらどうでも良くなっちゃって、とおばあちゃんは笑う。
 頭上でカリンバが鳴る。木の声にも聞こえる。夕暮れ、巣に帰った鳥たちが鳴く声もそんなふうだった。
 ――その日以来、世界中が私の家なの。外は大好きよ、風がきれいで。
秘密基地への旅

秘密基地への旅

 山道に迷い出た先はぽっかり開けた草地だった。
 奥の木陰に緋毛氈、古めかしい着物の女たちが野遊びの風情だ。
 手招かれるまま私が毛氈へ腰を下ろすや、女の一人が座の中心に独楽を回し、三味線を弾き出す。〽べろべろの神様は、正直な神様よ。
 御座敷遊びの歌だ。独楽の倒れた方にいる者が盃の酒を飲み干すのだ、と思う間にぱたりと私を指した独楽を見ると、蛍袋の花だ。
 手を叩いて笑う女たちに昼顔を一輪持たされた。なみなみ注がれた酒をぐっと呷ると、驚くような冷気が喉を落ち、口一杯に熱が広がる。くらっと来たところにまた歌が始まり、ぼけた視界の独楽が私を指す。
 芙蓉が今度の盃だ。隙間だらけの花は指で抑えて飲み干さねば手を離せない。昼顔より大きいそれを必死で空けると、強烈な蜜の味。
 三度目の盃は巨大な山百合、底が尖った花は置くに置けず、腹を括って飲み干すと、芳香で気が遠くなった。

 ――山の精でしょうな。
 独り寝ていた私を見つけた山守の老人は、私の胴乱に横目をくれた。
 ――次は無いと思った方がいい。
 老人の言葉に青ざめる私の腰、胴乱に隠したはずの希少植物が残らず消えていた。
秘密基地への旅

秘密基地への旅

 夜、音屋へ行く。入口で年齢性別不詳の店主からヘッドフォンとコーヒーカップを受け取る。奥でコーヒーメーカーが唸る店は小さいが、他に何も置かれていないので狭く感じない。
 両側の壁一面に空けられたイヤホンジャックを目でなぞる。何千個あるか知れないジャックからは、それぞれ違う音がする。ジャズの鳴る雨の喫茶店。熱帯雨林に降る雨。砂漠のトカゲの足音。南米の路上のサルサ。恒星のいろどりを再現したアサバスカインディアンの歌。
 律儀に端から一つずつ試していた頃もあったが、どのみちコーヒーを取る拍子に見失うので早晩やめにした。
 床すれすれのジャックのひとつへ適当に端子を挿す。こおう、こおうう、と深く籠るような音。
 ――何すか、この音。
 ――ん、ダイオウイカ。太平洋のね、水深六百メートルくらいかな? 水吹いて泳いでる音。
 音を聴きもせず、店主は事もなげに答える。たぶんこの店のジャックを全部覚えているのだ。
 床暖房のきいたフローリングに座り込み、熱いコーヒーをすすりながら目を閉じる。イカの呼吸音の中にヒレ音が聴こえないか耳を澄ます。遠くでしゅっと鳴るのは他の魚か仲間のイカか。

 店内を回り、三つ、四つ、ジャックを替える。真冬の灯台に押し寄せる波頭、未知の鉱石に滴る水滴、フラメンコの鋭い靴音。なるたけあちこち歩いて音を探しな、とは店主の弁だ。人間、ほっといたら手の届く範囲でしか聴かなくなるんだから。
 それに倣い、脚立を借りて天井近くのジャックを選んだ。犬のような遠吠えがいくつも聴こえる。
 ――北極の狼たちだよ。狼犬が二匹いるのが分かるかい。
 そういう店主が自分のヘッドフォンを出し、端子をこちらに示した。私はヘッドフォンを外し、店主の座る車椅子を受付から動かす。促されるまま右側の壁に寄せ、店主が指示した天井近くのジャックに端子を挿してやる。
 ――何の音すか。
 ――渋谷のスクランブル交差点。今年は渡ってみたいもんだね。
 店の代金は音で支払うこともできるから、帰り際に店主へ声をかけた。
 ――うちの地元の唐揚げ屋、いい音するんすよ。
 ――ああ、あれは腹が減るね。こないだ空いたジャックに入れとこう。
 ――どこに入るんすか。
 ――自分で探しな。
 ――そこにあった音、どうなったんすか。
 ――それも自分で探しな。
 探せた試しはない。
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