会社で新作アプリがローンチとなり、不具合等々の対応のため、ただでさえ遅い私の帰宅時間はここ二週間ばかり遅れに遅れている。ともあれその甲斐あってかアプリのDL数も評価も順調に伸びており、ようやく落ち着いた週末、今日はチームで打ち上げに行こうと話がまとまった。
うきうきというより安堵して仕事を片付けていると、スマホからメッセージ着信音がした。
ホーム画面を見ると、新着1のバッジがついているのは見覚えのないアプリだった。アイコンは茶色一色で、名前は「いぬ」だけ。
どきりとして開くと、SMSに似たメッセージ画面。発信者のアイコンは、ついこの間撮った私の犬……日々、ほぼ一日中留守番を強いられている犬だ。
メッセージはただ一行。
〈まま。はやく。かいってきて。〉
一時間後。亜音速で帰宅したた私の膝の上で愛犬がくつろいでいた。打ち上げなどどうでもいい。この子に比べれば。
が、愛犬といちゃつきながらどこかで気になるのは、あの謎の犬アプリのことだ。
さっき閉めたカーテンの向こうのガラス戸には、この犬の肉球跡が大量にあるわけだが、その意味に私はまだ気づいていない。
北斗七星の持ち手へ沢の音
天に昇る龍がふらふら春一番
プラごみも還りたいのか草いきれ
少しでも少しずつでも蜘蛛の飛ぶ
憎むとは自傷行為か油照
富こそは欲張りの罰冬木立
ケロシンを呼吸する底冷えの土間
電飾を巻かれショベルカーも聖夜
冬将軍叩き出される暖炉ばた
ラーメン冬の季語とす最寄駅
ハンドルは浮き輪残業明けの雪
あったかいもんが食いてえ懐手
うつくしい雑種と居りぬ冬座敷
世が終るみたいにクリスマスイルミ
飼い犬と保健所の犬聖誕祭
帰り道、盲目の謡唄いの先生は聴き慣れぬ音を追って路地に入り込み、何かとぶつかった。実のところそれは音楽ライブ用の楽器ロボットというかロボット式電子楽器で、何らかの音楽らしきものを感知すると搭載AIがそれに合わせて即興で音楽を生成し、再生するのだ。つまりここは少々遠い未来で、型落ちになったロボットが不法投棄されているのだった。
相手を触ってみて、どうやら人の形をした作り物であることを理解した先生は、供養のため琵琶を鳴らしてみた。と、辛うじてバッテリーの残っていたロボットが感知して別パートを奏で始める。先生は肝を潰したものの、すぐにそれがさっき聞こえてきた音であることを了解し、愉快さが勝ってそのまま唄い始めた。それに呼応してロボットが新たな旋律をかぶせる。
実のところこの時代の人間は汚れきった大地を捨てて宇宙へ旅立っており、二人の奏でる謡がこの地上最後の音楽なのだった。即興ライブが終わり、どういう理屈からか先生が元の世界に戻り着いた頃、ロボットはたった今の演奏を保存し、有効状態になっていた自動再生機能で再生した。それを遠い空の人類が聴くことはついに無かったが、大地を人の手からやっと取り戻した黄泉のもののけたちがその周囲で舞い踊る。その筆頭は先生――もちろんとっくに彼岸のひとりとなった、この時代の先生だ。かくて電子と魍魎が幾重にも呼応して謡は無限に層を重ね、ヒト無き世界を彩ってゆく。
聞き取れない言葉でお喋りしながら行き過ぎる中学生の一団は、かに座星雲からの修学旅行生だ。その横で、アルタイル星系からの研究者と地球の天文学者がデバイスを覗き込んでいる。
地球が他星からの旅行者を受け入れるようになって、実はしばらく経つ。そのことは一般公開されておらず、また受入対象も今のところ、彼らのような学生あるいは研究者に限られている。
知的生命体のいる星は数多いとはいえ、宇宙の辺境たる天の川銀河内では地球ぐらいで、これまで他星の興味を惹くことは皆無だった。が、ここしばらく、(おのおのの星から見た)星座の星を巡るツアーが全天でブームとなった。太陽を星座の一部に含めている星がいくつかあり、その流れで地球にも外宇宙の客人が来るようになったのだ。とはいえ文明の発達度もまだまだ低い地球のこと、当面は学術的交流に留めておこうということで、地球側と宇宙観光協会の見解が一致し、今に至る。
太陽は、アルタイル星系文明から見ると「いしぶえ座」(という楽器がある由)の足ノズル(?)であり、かに座星雲方面の星系文明では「雪の大結晶」の一角を成すらしい。中学生たちが描いてくれた大結晶の天文図と、地球の受入スタッフが描いたカニの絵が交換され、カニとは似ても似つかぬ、水とカンラン石の中間のような中学生たちがきゃっきゃっと笑う。
アルタイル星系の老学者によると、かの星は現在、超新星爆発の最中だという。幸いそこの全生命体は数世代かけて安全な他星系に移住を終えており、それを生涯の仕事としてきた彼は、引退後の趣味として星巡りをしている。アルタイルを星座にしている文明は全天で三十七、地球が最後だそうだ。
――よその星からならまだ肉眼で拝めますし、うちの星を覚えてていただいてるわけですからね。ありがたいですよ。
そう言って彼は、冬の大三角形を写真に収めた。
おばけだぞーの声にドアを見ると、シーツをかぶった息子が部屋に入ってきた。まだ五歳のこと、余ったシーツがずるずるたなびいて愛らしい。とはいえそのまま膝に上がってくる重さには、赤ん坊の頃を思い出して感慨深くなる。
「お化けさん、うちの子はどこに行ったのかな」
「食べちゃったあ」
くすくす笑うシーツに、おやおや悲しいねえと返しながら口元がゆるみ――ふとこわばった。
こんなに重かったか、この子は? だけでない、心なしか頭の位置も高いような……
くすくす笑いが二つになっている。反射的にドアを見ると、笑いながらこちらを覗き込んでいるのは当の息子だ。ぞっとした途端、膝の上のそれがシーツをぱっと脱ぎ捨てた。
子ども二人分の大笑い。膝の上で笑い転げるそれは真っ赤な肌に長い牙で、頭には二本の角があった。
「オークのジャンディだよ、パパ」
息子が紹介すると、そいつは床に飛び降りてぴょこんとお辞儀した。
「えーと……幼稚園のお友達かな」
「そんなわけないじゃん」
息子が得意げに言う。そんなことは分かっている。この場合、他にどんな言いようがあるというのだ。
「うちのクローゼットがジャンディのお家につながったんだよ」
「どうして」
わかんなーい。小児二人が声をそろえた。うん、なるほど。ナルニア国パターンね。対処しようのないやつだ。
しかし、となると問題がいくつか。
「ジャ……ンディのお家の人は、うちを知ってるのかな」
「うん。おんなじイタズラしたら、びっくりしてた」
だろうね。うちの子がご迷惑おかけしました。と言うか躊躇なく訪問済みなんだな、オークの家を。
まあ、生還できたところを見ると話は通じるらしい。最大の懸念はこれにて解決……
「パパがモンスターのお話を書く人だって言ったら、すっごく喜んでた。ご本読みたいって」
「そうか……」
ため息が漏れた。
確かに息子にはそう説明しているし、私が物書きなのも間違いない。
ただし、正確には、ゴーストライターと言う。
私の書いた本は何冊も世に出ているし、版を重ねているものもある。
が、その中に、私の名前は一切ない。
世間を偽り、息子にも嘘をつき、自分もごまかす、文字通り幽霊のような身である。いまさらモンスターにびびる資格とてないだろう。
「どうも、息子がお邪魔しております」
いきなりの胴間声に、思わず椅子から飛び上がった。
見るといつの間にか、ジャンディを二メートル半に拡大したような堂々たるオークが立っている。
「失礼ながら、心を読ませていただきました。というか、反射的に読めてしまうのです。ご事情よく飲み込めましたよ、理不尽ですなあ」
呆然とする私を前に、オークはとうとうと続けた。
「わたくし、職場が地獄でして。嘘つきを罰するセクションなのです。いかがでしょう、もしお望みでしたら、あなたを使って利を得ている輩どもの地獄行きを早めるようサタン様に掛け合い……」
「いやいやいやいや」
モンスター客のようなことを言い始めた相手を慌てて止め、ごくりと唾を飲み込むと、私は話し出した。
「僕も、正々堂々ゴーストを返上したいのです。ひとつ、そちらの世界を取材させてもらいたいのですが」
「もーちろん、大歓迎ですよ」
甲高い別の声。
見ると、戸口に巨大なシーツが揺れている。
「アタシら幽霊も、ニセモノの代名詞代わりにされちゃたまりませんからね」
硬直する私の肩を、オークが万力のような手で掴んだ。
「魔界の総力を上げてバックアップしますよ。ひとつ、ご家族ぐるみのお付き合いを願いたいものですな」
その背後から無数の歓声が湧き起こった。
文字通り、地獄の一丁目に踏み込んだらしい。
ミルクキャンディ/麦茶/シャングリラ
どれも必要な場所だと店主。植物園で菓子の原料を育て、タコ滑り台の中で製造販売し、屋台は出店にする。古民家はと問うパティシエに、あんたの新しい店だよと店主。やりたいのはそんな店でしょうが。パティシエは沈黙し、ドリンクを出した。熱いお茶と単純なミルク菓子。やりたいのはそれだったのだ。
財布/パフェ/夜
第一戦は両者白塗りのケーキを出した。パティシエがナイフを入れた断面はゴッホの星月夜。中に色付き生地を仕込んだのだ。対する裏カフェ店主のケーキは切ると中の駄菓子が流れ出すギミックケーキで、カラーチョコや飴に混ざって三色あられまで出現、塩気も欲しいよねとの弁。両者楽しく美味で引分け。
耳/パフェ/癖
問答式の第二戦。店主の出した固まる前のゼリーへパティシエは素早く琥珀糖を仕込み、パティシエのパフェの土台を店主は慣れた手で飾りにかかる。かくてゼリーは甘い熱帯魚の泳ぐ珊瑚礁の海を表したスノードームと化し、パフェにはクリームと果物のタコ滑り台がそびえ立つ。食べるのが勿体無く引分け。
月/パフェ/いたちごっこ
合作式の第三戦。焼きたてクレープ一枚目は店主、チョコで素早く書くのはリスの絵。その上に乗せた二枚目にパティシエは生クリームでスズメを描く。言うまでもなく絵しりとりで、続く計二十枚ノーミスで出来上がったミルクレープを「間のしりとり全部言えた人は食べていいよ」との店主の言に全員撃沈。
背伸び/パフェ/はじめて
第四試合は団体戦。店主側は本人、女子高生、スプレー画家、チョコ栽培男だがパティシエ側は、と思う間もなく僕にご指名。なぜか店主が大喜びで、門外漢ほど面白いとか。かくて情け無用のドリンク勝負、僕はグラスにブラックチョコとミルクの二層+チェリーと桜乗せでパトカー表現、店主にだけ大受け。
ナイフ/パフェ/蜂蜜
女子高生はカラー綿飴in炭酸水。スプレー画家はピーベリー+レモングミの青変茶。栽培マンはカカオ+蜂蜜+唐辛子のインカドリンク。これは我々の要求だと店主。カラーサイダーは屋台、青茶はタコ滑り台公園、古代チョコは植物園。そして店主はタピオカもとい粒餅inきな粉黒蜜ドリンク。古民家だ。
魔王を倒した勇者の治世が始まったが、庶民の歓迎は短かった。曰く隣人の騒音がひどい。曰く凸凹道が直されない。農民は重税を嘆き、商人は豪商の専横をぼやき、政府の不満処理業務は果しなく続く。倒された魔王の安堵顔の意味を元勇者が悟った時、辺境で魔王はうきうきとクレームの文案を練っている。
かくれんぼ/いじわる/癖
生者の怨念が死者の成仏を妨げたのは史上初ではないか。事故死した僕を引き留めているのは僕が汚部屋にした賃貸の大家で、怒りの圧が人間と思えない。命令通りGの棲家たる食品ゴミの山の処分にかかったが、殺虫剤を食らったGが僕を尻目に次々昇天、羨ましすぎて僕が引き留めたらしく全Gが地縛霊化。
嘘/いじわる/ぽつり
今日中に何とかしないとGと同居で地縛霊化させるとの大家の仰せ。死んでも嫌だが僕が死に切らねばGも居残る。頼むから成仏させてくれと大家に土下座しG共々あの世へ赴いたが、門番は僕を審判の列に並ばせGを易々通す。人間以外は無条件で極楽行きだそうで、羨ましすぎるが流石に引き留めは無効だ。
身長/ピアス穴/甘党
菓子店の新ディスプレイは巨大ステンドグラスクッキーで、文字を型抜きしカラフルな飴を入れた部分は文章だ。と言うか裏カフェ店主に向けた公開挑戦状で、菓子対決らしい。と告げると店主は爆笑し、僕にホットチョコを作らせた。と言うかフォームミルクを乗せ、そこへカカオパウダーで返信を書くとか。